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あの人の森は?
あの人の“森”語り:渋澤 寿一さん

あの人の森は?

あの人の“森”語り

第三回ゲスト 渋澤 寿一さん プロフィールはこちら

森に生かされる暮らし

子どもの頃から土の匂いや感触が好きでした。高校時代に那須野が原の開拓農家で農業を体験した事がきっかけで農業大学に進み、パラグアイの農業試験場で働く事になりました。そこで僕が目の当たりしたのは、自然と対話しながら土を養い作物をつくる日本的な農業とは似ても似つかない、“当てて”お金を儲けることが目的の大規模機械化農業。これは違う!と思って日本に戻り、それから農業や自然ということを自分のテーマとして考えるようになったんです。

人生の転機になった森との出会いは、15年ほど前のことです。「江戸時代から一人も餓死者が出なかった、桃源郷のようなところがあるから見においでよ」と誘われ、秋田県河辺町(現、秋田市)の鵜養(うやしない)へ行きました。そこは、雄物川水系の岩見川のそのまた支流の上のほうにある、まさに山奥の孤立した集落なんですが、天保の飢饉のときも天明の飢饉のときも一人として餓死していないんです。

 

なぜだろう?と調べてみたくなり、鵜養に家を一軒借り、仲間と一緒に月1000円で住みました。その集落は、主にミズナラの共有林を33箇所ぐらい持っているんですが、それを一年に一つずつまとめて伐採するんですね。最初、それを聞いた僕は、「山の斜面を全部伐採してしまったら土砂崩れを起こしませんか」と言うと、「何もわかってないねえ」と笑われるわけですよ。なぜかと言うと、僕達が見てきた山の多くは杉や桧の人工林で、そういう木は上を刈ってしまうと根っこも枯れますから、大体10年位で根が腐ってきて雨が降ると土砂崩れが起きる。ところが、ミズナラのような広葉樹の森の場合は、上を刈っても根っこは死ぬわけじゃないから、ちゃんと横から萌芽して枝が出てきて、34年目に順番が回って来る頃には元の太さに戻っている。そうやって彼らは、持続的に森を利用して来たんです。

さらに、森を刈った後には2年目からワラビが生えて、3年目には猛烈な量になり、塩漬けにして保存食にすることができます。また、7年位経つと元の切り株が腐って来て、今度はそこに生えたキノコが貴重な食料になる。そして、人々は森に入り、2時間で歩ける距離の範囲で薪を拾い、肩に担いで帰ってくる。牛や馬に食べさせる青草や田んぼの肥料なども、すべて森の産物でまかなっていたわけです。つまり、誰一人餓死しなかったのは、「森が食わせた」からでした。

そんな風に、人々が森を利用しながら自分たちの命を維持し、自然の成長量の中で余剰分をもらいながら生かされてきた。自分達が暮らしやすいように森と付き合ってきたことにより、結果として森の多様性を維持できるサステイナブルなシステムを作り上げて来たんです。昔の人はCO2のことなんて考えなかったけれど、自分達が森から取り過ぎたり、逆に木を切ったり草を刈ることを怠けると暮らしが維持できなくなる、ということを知っていたんですね。

それまでの僕にとって、自然とは観察する対象、農業で利用する対象であって、「森は向こうにあって僕はこっちに住んでいる」という精神構造でした。ところが、鵜養に出会ってわかりました。人間が木を切らないと森が維持できない。逆に人間も森に生かされている。つまり、人間という生きものは生態系の一部なんだと。鵜養では、年に一度、山神様を里に呼ぶ祭があります。山から引いた水でお湯を沸かし、湯気を吸うことで山神様と一体になる……。その祭で僕は実感しました。「自分は森の一部だ、森と共存するってこういうことなんだ」とね。その瞬間、僕は祈ろうと思いました。祈るという行為は自然と一体となることだから。

 

森で暮らす「覚悟」

僕が学生時代に見た印象的な情景があります。日の出前の空が白んで来た頃に、山の棚田にお百姓さん達がだーっと立っている。何をしているかと尋ねると、「朝日の中で田んぼの色を見て、その日の水の量を決める」と言うんです。昨日と今日の田んぼの色の違いがわからないと農業は出来ない。そうやって自然を読むためには、自分が森や山と一体とならなければならないんですね。

今、日本中のいろんな森を仕事で回っていますが、いつも「この森の中で暮らせるか」という目で見てしまいます。自分個人としては山で生きて行きたいけど、今はやっぱり都市で生きて山のことを伝えたり、都市の力を森へ還すようなことをしようと割り切っています。でもね、実は、成長力あふれる東北の山だったらどうにか暮らせるかな、なんてことも密かに考えるんです(笑)。自分の持っている手業と労働力と感性みたいなもので自分を養っていく、そういうことが出来る人はかっこいいなあと思います。本当に実現するために必要なのは、「覚悟」なんでしょうね。

 

プロフィール

渋澤 寿一

環境NPO「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
認定NPO法人「共存の森ネットワーク」理事長
農学博士

1952 年生まれ。東京農業大学大学院終了。
1980年国際協力事業団専門家としてパラグアイ国立農業試験場に赴任。帰国後、長崎オランダ村、循環型都市「ハウステンボス」の役員として企画、建設、運営まで携わる。
現在、樹木・環境ネットワーク協会ならびに共存の森ネットワーク理事長として日本やアジア各国の環境 NGOと地域づくり、人づくりの活動を実践中。
全国の高校生100人が「森の名手・名人」や「海・川の名人」をたずねて聞き書きし、発信する「聞き書き甲子園」の事業など、森林文化の教育、啓発を行っている。
明治の大実業家・渋澤栄一の曾孫にあたる。

 

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