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ポスト3.11と森
放射性物質と森
レポート01 栃木県那珂川流域の里山における汚染のいま ~宇都宮大学森林科学科 大久保教授に聞く~

ポスト3.11と森

ポスト3.11と森:放射性物質と森

レポート01 栃木県那珂川流域の里山における汚染のいま ~宇都宮大学森林科学科 大久保教授に聞く~

宇都宮大学森林科学科 大久保教授

大久保達弘(おおくぼたつひろ)さんは、森林生態学、育林学がご専門の宇都宮大学教授。同学部附属里山科学センター長として里山の林地農地を一体的に利活用する研究をしていたところで東日本大震災による原発事故に遭い、以後、研究テーマの一部を放射能モニタリングと除染策にシフトしました。放射性物質に汚染された森は、里は、今どうなっているのか、これからどうなっていくのか。お話を伺いました。

もともとは放射能の調査をしていたわけではなかったそうですが、以前はどのような研究をされていたのでしょうか?

大久保 : 放射能に関しては専門ではありません。里山科学センターでは、もともと里山の生態系評価と里山野生鳥獣管理、そして里山コミュニティビジネスという3つの流れで研究を進めていました。中でも3つ目の里山コミュニティビジネスについて、栃木県東部を流れる那珂川(なかがわ)中流域の中山間地の里山を研究のサイト(フィールド)に、埋もれた里山の生態系の資源に付加価値を付けて売り出せないか、これによってコミュニティを元気にできないかという取り組みをしていました。

具体的には土地の伝統的な水稲農法を復活させるプロジェクトです。宇都宮大学農学部附属農場が独自に育成し品種登録したお米の「ゆうだい21」を使って、秋に山から集めた大量の落ち葉を「冬みず田んぼ」にまいて冬の間に自然に堆肥にしてしまう「落ち葉ちらし」という農法により特別栽培米をつくり、これに学生が「げんき森もり」というブランド名をつけてようやく販売を始めたところで、東日本大震災に伴う原子力発電所の事故が起きました。

水田周辺の落葉採取林での落ち葉さらい(2010.1.撮影)

水田周辺の落葉採取林での落ち葉さらい(2010.1.撮影)

背後の落葉採取林から落ち葉を専用収集袋で運搬する様子(2011.1.撮影)

背後の落葉採取林から落ち葉を専用収集袋で運搬する様子(2011.1.撮影)

 
特別栽培米「げんき森もり」水田での伝統農法「落ち葉ちらし」(2010.1.撮影)

特別栽培米「げんき森もり」水田での伝統農法「落ち葉ちらし」(2010.1.撮影)

学生の協力による特別栽培米「げんき森もり」の手刈り収穫(2010.10.撮影)

学生の協力による特別栽培米「げんき森もり」の手刈り収穫(2010.10.撮影)

 

原発事故による放射能汚染を受けて、研究テーマはどのように変わったのでしょうか?

大久保 : 2011年は汚染していない前年に用意した落ち葉堆肥があったので有機米を栽培できましたが、2012年からは栽培できなくなりました。那珂川流域は栃木県の中では汚染が低いほうなのですが、それでも落ち葉を測定すると基準値を超えてしまうので使えなくなりました。また、研究のサイトとは別に、栃木県は腐葉土の有数の産地でもあったのですが、これも生産できなくなりました。そこでどうすれば産業を復活させることができるかを念頭に、放射性物質による汚染のモニタリングと除染の方法について研究を開始しました。

汚染のモニタリングの方法について教えてください。

大久保 : 2011年秋と2012年秋に、栃木県内で3カ所選んだ中〜低空間線量域の落葉樹林(ブナ林、コナラ林)で、上から落ちてくるリターと、土壌になる有機物層(落葉後数年経過)、その下の鉱質土層(土になった部分)のサンプルを測定して、汚染がどこまで進んでいるか調べました。リターというのは落下した葉っぱ、枝や種子などのことで、リタートラップという器具を落葉広葉樹林に設置し落ち葉をためて採集します。リタートラップは口径0.5㎡程度の大きな虫取り網のような形状をしたものです。

落ち葉採取ができなくなった落葉広葉樹林に設置したリタートラップ(2011.10.撮影)

落ち葉採取ができなくなった落葉広葉樹林に設置したリタートラップ(2011.10.撮影)

— 測定の結果、どんなことがわかりましたか?

大久保 : 落葉樹林のリター、有機物層、鉱質土層の放射性セシウム濃度は、2011年と比較して2012年はいずれも減少していました。その中でリターの放射性セシウム濃度は低線量域で大きく減少していて、腐葉土を製造する場合の規制値(400Bq/kg)を下回りました。ただし、落ち葉かきの際に最も利用される有機物層は3カ所とも規制値を上回っていて、腐葉土利用のための落ち葉かきの段階にまだ回復していませんでした。同じ地域でも斜面の上部には未分解の有機物が多く、放射性セシウムは土壌に沈着せずに、雨などによって今後斜面の下部やより深い土層に移動することが予測されました。

異なる空間線量率を示す那珂川流域の落葉樹林での落葉、
有機物層(A0層)、鉱質土層(A層)の放射性セシウム濃度

薄い色網掛けは腐葉土の規制値(セシウム134及びセシウム137の放射能濃度の合計が400Bq/kg) 以上の値を示し、濃い色網掛け指定廃棄物(同上8,000Bq/kg以上)に相当する値を示す

<出典>大久保達弘・逢沢峰昭・飯塚和也.2012.栃木県の異なる空間線量地域における落葉樹林林床の放射性降下物の蓄積状況-1年半後の結果-、第124回日本森林学会大会学術講演集より一部変更抜粋

除染策としてはどういう方法が考えられるのでしょうか?

宇都宮大学森林科学科  大久保教授

大久保 : 森林の林床が事故後も放置されている場所では、有機物層を除去することで将来的に落ち葉利用が可能になるものと考えられます。けれども、有機物層の厚さは地形や標高に影響されて様々で、場所によっては生態系を破壊してしまうことにつながりかねないので、除去し過ぎてはいけません。そこで、物理的に地表をはぎ取るような除染とは別に、生物的に地表の放射性セシウムを吸収除染する試みが始まっています。

 

— 生物的に吸収除染するとはどういうことでしょうか?

大久保 : 放射性セシウムを吸収しやすい樹木や生物がいるのでその力を使って土壌の汚染物質を集めて捨てる(移染する)試みです。林床に置いた木質資材に生育した菌類、山菜のコシアブラなど放射性セシウム高吸収樹木の利用による除染研究が始まっています。例えば、ウッドチップをネットの中に敷き詰めて生えてきたキノコが放射性セシウムを吸い上げ、これをネットごと取り除くという方法を横浜国大の金子信博先生が発案し、宇都宮大学農学部附属演習林の飯塚和也先生とともに共同研究をしています。

ウッドチップを入れた網袋を林内に敷いた放射性セシウム吸収実験(宇都宮大学農学部附属船生演習林スギ・ヒノキ人工林で2011.10.撮影)

ウッドチップを入れた網袋を林内に敷いた放射性セシウム吸収実験
(宇都宮大学農学部附属船生演習林スギ・ヒノキ人工林で2011.10.撮影)

— 他に有力な方法は見つかりそうですか?

大久保 : 原木シイタケの原木についた放射性セシウムを除染するために、大根洗い機を改良してブラシを掛ける方法が既にありますが、さらに有機酸をかけて化学的に洗い流せないかという研究も宇都宮大学工学部の上原伸夫先生が発案し、共同研究が始まっています。また、コナラ原木林の除染については、以上の様な物理的、化学的な除染がありますが、また別な方法も検討され始めています。コナラは今のところ根からの放射性セシウムの吸収があまり見られないようなので森林施業(伐採と萌芽更新)によって伐り株から新しく再生した萌芽を利用できる可能性があるのです。

森の恵みとしてさまざまな食材もありますが、それらへの影響はどうなっていますか?

大久保 : 個体数調整や狩猟などで捕獲されたシカやイノシシを同僚の宇都宮大学演習林の小金沢正昭先生、里山科学センターの小寺祐二先生が測定しています。筋肉と臓器、特に胃や腸の内容物を調べて、放射性物質が食べ物にどう入って、出て、どのように臓器や筋肉に移行するかという流れを見ていますが、腸内の直腸糞がすごく高い値が出るようです。山のキノコ、山菜、など里山林に関係しているものは、ほとんど状況変わらずという感じです。

— 栃木県は原木シイタケも有名だそうですが。

大久保 : はい。栃木県は原木シイタケの産地でもありますが、原木は基準値を超えてしまって使えなくなりシイタケの生産ができなくなっています。これも生産者の方と一緒にどうすれば再開できるかという研究に取り組んでいます。

私の森.jpとしては、いつになったら安心して森に行けるのか、見通しを知りたいのですが?

大久保 : いまのところ、常にそこで暮らしているような人のための基準や、林内で作業する人のための基準しかなくて、ある一日森へ遊びに行くような人のための基準はまだありません。

宇都宮大学森林科学科  大久保教授

職業的に林内に入る人に比べれば、実際に森の中にいる時間はすごく短いはずですが、森の中では毎日放射性物質が移動しているので、残念ながら、はっきりしたことは言えません。例えば、何年かたつと、流れた落ち葉が沢筋などにたまって行くので、そこは年数が経っても、より高く反応します。

また、現時点では落葉樹林よりも、葉をつけたままのスギ・ヒノキの林のほうが高く反応しています。計測を続けていますが、同じ場所でも高くなったり低くなったりがあり、ひとくくりに森について語ることもむずかしいのです。

 

いま研究の目標をどのようなところにおいておられますか?

大久保 : 一昨年、福島県の獣医さんが宇都宮大学で講演された時に、「栃木県は、福島県の5年とか10年後の姿ではないか。だから、今、栃木県でデータをしっかり取っておいてほしい。福島県はまだ線量が高くて厳しい所が多いので、そのデータを今すぐには使えないものの、何年後かには今の栃木くらいになる可能性がある。だからその時に栃木県の取組みを福島の山に応用できるのではないか。だからどんどんやってくれ」と言われて、なるほどと思いました。長い目で見て福島の役にも立つことを考えて研究を続けています。

那珂川流域の位置、背景の地図は文部科学省による航空機モニタリング(6次)の測定結果【土壌濃度マップ(地表面へのセシウム134、137の沈着量の合計)、2012.12.28.】を示す、白丸は那珂川流域の位置を示す

那珂川流域の位置、背景の地図は文部科学省による航空機モニタリング(6次)の測定結果
【土壌濃度マップ(地表面へのセシウム134、137の沈着量の合計)、2012.12.28.】を示す、
白丸は那珂川流域の位置を示す

プロフィール

大久保 達弘

大久保 達弘 おおくぼたつひろ

宇都宮大学教授(農学部森林科学科、同学部附属里山科学センター長)、東京農工大学大学院連合農学研究科教授(兼職)。

1959年東京生まれ、宇都宮大学農学部林学科卒業、東京大学大学院農学系研究科林学専攻修士課程修了。2007年6月より現職。

 

専門は森林生態学、育林学。日本のブナ林とアジアの熱帯山地林でブナ科樹木の分布と森林動態を、また栃木県東部の那珂川流域、アジア地域のボルネオ島の湿潤熱帯、北タイの季節熱帯山地、中国南部の石灰岩山地にて里山林の利用が植物多様性の維持に及ぼす影響を調査研究。

著書に『那珂川流域の里山とその恵み-里山生態系評価サイトレポート-』(編著)、『中国山岳地帯の森林環境と伝統社会』、『Satoyama-Satoumi Ecosystems and Human Well-Being: Socio-Ecological Production Landscapes of Japan』(共著)など。

 

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