編集部の森製品レポート
屋外イベントで本格ピザが焼ける! 移動式ペレットオーブンPGY16
2017年01月25日
私の森.jpの読者なら、木質ペレットを燃料としたペレットストーブをご存じの方は多いはず。木質ペレットは木材の加工屑などを粉砕し圧縮加工したもので、暮らしに本物の「炎」による熱を供給してくれる燃料である。エアコンなど空気を暖めるために遠くの発電所から送られてくる電気よりも、ずっと無駄の少ないエネルギーで熱を得ることができるし、森林に近い地域の地産地消を可能にするエネルギーでもあって、東日本大震災以降、特に注目されてきた。
木質ペレットを私の森.jpがサイトに取り上げたのは2009年頃だが、そのころ日本産ペレットストーブのことならこの人に聴け、と紹介されたのがさいかい産業の古川正司「隊長」さんだ。その古川隊長が陸前高田の「箱根山テラス」が主宰する木質エネルギーとご飯のイベント「WOODLUCK」に登壇するというので、急遽参加してきた。そして、そこで出会った最高に美味しい新作「ペレットオーブンPGY16」を紹介したい。
(編集部:あかいけ)
わずかに必要な電気は車から供給可。
どこのイベント会場へも移動できるペレットオーブン窯!
移動式ペレットオーブンPGY16
今回の会場は震災後の陸前高田に開業した「箱根山テラス」という宿泊施設だ。その名の通り、三陸の美しい湾を臨む広大なテラスが気持ち良くて、春からは山の緑と海の青がこの赤屋根のペレットオーブンによく似合うだろう。「箱根山テラス」については後述するとして、まずはペレットオーブンのこと。
一見して、新品なのにちょっとポンコツみたいな、「石焼き芋〜♪」のリヤカー屋台のような、どこか懐かしい外観がいい。人の集まるところに似合うし、美味しいものが出てきそうな感じの形をしているのだ。これは期待が高まる。
なんでもナポリでは「火で焼かないピッツァはピッツァと言ってはいけない」そうで、ペレットを燃やして庫内の温度を400度にできるこのオーブンはもちろん合格。しかも、180度から400度超までの温度調節機能があるので、ピザ以外のオーブン調理も可能。必要な電気は家庭の電源や車から供給できる電気で充分だし、何と言ってもどこにでも押して移動することができる!
窯にピザを入れる古川さん(左)と、チキンの丸焼きにトライ中の箱根山テラスのスタッフ(右)
窯に入れたらあっという間に焼きあがる本格ピッツア(具は参加者の自由演技)
美味しくジューシーに焼きあがったスタッフド・チキン(野菜詰め)!
北海道の仲間がオーブン調理を教えてくれた
古川さんに開発の経緯を聞いた。きっかけは厨房機器の問屋を営む業者からの依頼だった。さいかい産業の製品にアウトドア用のペレットグリルヒーター「きりんさん」と「らくだくん」があることから、外食産業に向けてアウトドア用ピザ窯を作れないか?という相談である。
古川さんは最初、北海道の帯広で10年前から自前のペレット石窯でパンを焼いている「麦音」という店を紹介した。木質ペレットを生産しているところは全国にあるが、中でも帯広のある道央は、暖房用の燃料消費量が大きいこともあって、木質ペレット生産地として知られている。「麦音」は原材料だけでなくエネルギーも地産地消にこだわる評判のパン屋さんだ。
「らくだくん」(手前)と「きりんさん」(奥)
しかし「麦音」のペレット石窯は特注製品で、足寄で暖房機器の製造・販売を手がける「マルショウ技研」の手によるもの。パン屋が本業の「麦音」はもちろん、「マルショウ技研」にも量産できる体制はない、ということで振り出しに戻り、古川さんは再び製品開発を頼まれる。
もちろん本格的な厨房機器を作るのは初めてだったので、石窯を使ったオーブン調理を「麦音」のスタッフが、ペレット石窯の仕組みを「マルショウ技研」の人たちが丁寧に教えてくれた。
「日本中に友達おるけんね、みんな助けてくれるんさ」と胸を張る古川さんは本当にチャーミングだ。
新潟に戻った古川さんは、北海道チームの情報を元手にさっそく試作機一号を製作。しかし庫内の温度は300度までしか上がらず、本格的なピザを焼くには温度が低い。試行錯誤は続き、試作5号を数えてようやく550度まで出せるようになった。すぐに北海道の仲間のところへ持って行き、「これなら本格的な美味しいピザが焼ける!」と太鼓判をもらって、燃焼部の基本的なしくみが固まった。
振動実験のために走った距離は10万キロ
そのあとの半年は、耐久性の実験にかけた。10万キロ、振動実験とお客さんの反応調査を兼ねて、日本中を走り回ったそうだ。4ヶ月を過ぎる頃には鮮やかな手際でピザを作って出せるようになり、そしてオーブンが壊れた。相当に分厚く作った鉄の燃焼炉だったが、ペレットの連続燃焼パワーに勝てないと分かり、新バージョンの開発に着手する。
新バージョンの開発課程でも嬉しい発見があった。
連続燃焼ができるペレット窯は、薪のピザ窯のようにレンガや石を使わなくても温度を上げることができる。そこで、炎のあたる部分だけをレンガで作り、ドーム(庫内天井)部を熱しやすく冷めやすい金属で作ってみると、温度の上げ下げが可能になったのだ。蓄熱性の高い石やレンガでは数時間かかってしまうところである。庫内を180度から400度まで調節できる機能がついて、ペレットピザ窯からペレットオーブンへと進化したのだった。
これが古川さんのペレットキャラバンカーだ!
日本中をピザを焼きながら走った古川さんの愛車を見せてもらった。古川さんは旅の間ここで寝泊まりし、モノづくりをする。何か課題があれば、いつでも直す・工夫をする。いつでもどこでもピザを焼けるように、調理器具と材料は全部積んであるし、工具類の収まる棚も使いやすそうだ。跳ね上げたハッチバックからカーテンをおろしてシャワーも浴びるというからカッコいい。
向かって左(写真に写っていない側)の棚にはスチールドラムが座っている。これは古川さんの趣味。トリニダード・トバゴの人たちが、貧困の中でドラム缶を使って作り出した楽器、あの魔法のような音色に魅せられて、自作した。
駐車場でもどこでも時間があれば練習をするので、カーテンを開けたら人だかり、なんてこともあったそうだ。
もともとドラム奏者なのでリズム感がある。演奏の腕はなかなかのもの! 地元新潟で仲間を増やし、農家のおばちゃんたちと一緒に大きな楽団を作っているのだそう。
福祉作業所の「職人」たちが誇りを持てる仕事を作る
さいかい産業のペレットストーブやペレットは、福祉作業所の職人さんたちにも支えられている。彼らは重度の知的障害者であるけれども、誇りを持って仕事をこなしているという。
あおぞらポコレーションの紹介動画
「ほら、丁寧で手際がいいでしょ。トントンてリズムがね。時々カッコつけるとこなんか健常者となんも変わらないけん。」と古川さんは嬉しそうに笑った。
例えば、10時から17時の間、ペレット窯で燃やされる一日のペレットは30Kgほど。 ほぼ毎日フル稼働すれば、年間の燃焼量は10tだ。ちいさな福祉作業所の年間生産量が50tほどだというから、単純計算でこのペレット窯が5台売れて、使い続けて貰えれば、1つの福祉作業所の経営が安定する計算になるのだそう。
古川さんたちは作業所のために小さな仕事をたくさんつくる。間伐材で木の杭を作る、その木くずを使って着火剤とペレットをつくる、それでも余った屑からは油を抽出して化粧品を作っている。 誰にでも得手不得手があるが、知的障害者に不得手な作業を続けてもらうのは難しいし楽しんで貰えない。だから仕事はできるだけ小さく分解して、彼らが好きなことを見つけて作業できるようにすることが大事なんだと、古川さんは語った。
お金儲けはしない。次の世代に残したいものを仕事にする
「仕事をするならお金を儲けても意味がないもん。ちゃんと次の世代に残せるものを残す仕事をしたいけんね。そのためにはもうめちゃくちゃやっとる、楽しいよ?」
めちゃくちゃ楽しそうだが、 新作の反応も気になる。
8月にプロトタイプが完成し、10月から12月までに14台が売れた。フードショーにも出展して、17社の問い合わせのうち10社が購入を決定。滑り出しは上々とのこと。良かった!
これまで手がけてきたペレットストーブは、煙だ熱だと設置する場所によって細かな調整が必要で、納品までに時間がかかることも多かった。しかし移動式のオーブンなら求められる価値は「美味しく焼けるかどうか」と単純。これまでになく「売りやすい」製品になったという。
陸前高田 箱根山テラスとWOODLUCK
今回のお披露目は「WOODLUCK」というイベントの中で企画されたものだ。これは震災後の陸前高田でエネルギーの自給というテーマに向き合あった長谷川順一さん(箱根山テラス代表)が仲間と始めたイベントシリーズ。木質バイオマスを学び、仲間を作り、美味しいご飯を共にするというイベントだ。箱根山テラスは「木と人を活かす宿泊施設」というテーマをもち、宿泊業を営みながら地域で木質バイオマスを循環させるための普及啓発にも取り組んでいる。
箱根山テラス
実は、長谷川さんが、木質バイオマスに取り組むようになったのは、古川さんとの出会いがきっかけ。いわば古川さんの弟子筋だ。お喋りしながらでも、常に手を動かして何かを作っている長谷川さんは「作る人」なんだなと思う。古川さんは、長谷川さん自作の改良ペレットストーブを見て「作ったの? たいしたもんだ」と目を細めていた。
今回のペレットオーブンをはじめ、箱根山テラスは一年を通して、木質ペレットの魅力を体験できる場所になってきている。もし宿泊するなら、長谷川さんを捕まえていろいろ聞いてみるといい。本人が「変態」と名乗るとおり、ほとばしる木質バイオマス愛に触れることができるはずだから(笑)
それにしても、チャーミングな変態二人のツーショットを撮り損ねたのが今回唯一の心残りである!