編集部の森製品レポート
生涯を教育に捧げたスギのものがたり
「智頭杉鉛筆」
2021年04月27日
私の森.jp編集部が長年愛用している圧縮ヒノキのカトラリーレスト。作り手である鈴木猛夫さんの工房から「智頭杉鉛筆」が発売されたと知り、買ってみた。箱を開けるとスギの香りが漂い、手に取ればすべすべとした肌触り、書き味も心地よい。聞けば、地元の農林高校演習林から出たスギの端材を利用してつくったという。高校生が植え、育て、伐採したスギの最後の価値。鉛筆誕生のストーリーを鈴木さんに伺った。
(編集部:おおわだ)
きっかけは、「六甲山鉛筆」との出会い
前職は国家公務員。セカンドキャリアとして木工作家を選んだ鈴木さんは今、鳥取県智頭町で圧縮ヒノキを製造し、その材の特長を活かしたものづくりを行っている。
編集部で使用している圧縮ヒノキのカトラリーレスト『坐膳』。年月が経ち、飴色に変化してきました。
圧縮ヒノキは、材を180度の高温環境下に置くことによってカビを抑制する成分が生成されるとともに、密度を高めるので水に強い性質となる。また、圧縮により香り成分が凝縮され、森林浴成分が普通のヒノキの2〜3倍となり、香りも楽しめる。そこで、水まわりに強いソープディッシュやカトラリーレスト、香りと木肌を活かした癒し系プロダクトなどを製作し販売している。
圧縮前(左)と圧縮後(右)の様子。
「高温高圧水蒸気」で圧縮されたヒノキ材は、半分超の高さに圧縮され、かつ、高級感のある褐色形状と色合いに変化します。
起業前から、圧縮ヒノキを使ったものづくり一筋でやってきた鈴木さんが、なぜ鉛筆に、しかもスギ材に取り組むことになったのか。
「きっかけは、知人の木材コーディネーター山崎正夫さんが2018年に誕生させた『六甲山鉛筆』との出会いでした。六甲山の森林管理をする過程で間伐したスギに着目して鉛筆をつくったという話を聞いたとき、智頭町はスギだらけだからいつでも鉛筆がつくれると思いました。でも、つくるからには何か特別な魅力のある鉛筆をつくろうと思ったのが、はじまりです」
農林高校の演習林から出る「端材」に着目
「六甲山鉛筆」に続いて、淡路島の古い家を解体する際に出たヒノキの柱を再利用した「淡路島鉛筆」が誕生すると聞いた鈴木さんは、智頭町で何かしらストーリーのあるスギを探し続けた。そんなとき知ったのが、地元の鳥取県立智頭農林高等学校が演習林を所有していること、その生徒たちが様々な実習で使った後の端材が、ストーブの焚き付けなど燃料として使われていることだった。
「農林高校所有の演習林で育っているスギは、昭和時代の生徒たちが植林して、枝打ちなどの手入れをして、平成の時代を経て、いま令和の在校生が伐倒、製材、乾燥したうえで家具などを製作したりするために使われています。先輩が育てたスギを後輩が使って林業や木工を学ぶ。そこで必ず出る端材を燃やしてしまうのではなく、鉛筆という形にして端材を端材にしないこと、それは貴重な価値生成になると思いました」
演習林の杉の最後の価値をつくりだす、それがこれからつくる鉛筆の魅力になると確信したのだ。
「鉛筆になるということは、演習林のスギの生涯が教育に捧げられるということです。端材という最後の価値=鉛筆となって教育の場面で使われるわけですから」
東京からの移住者である木工家の山本泰造さんと一緒に、智頭杉鉛筆プロジェクトを始動させた。
製材にも協力してくれた農林高校の生徒たち
端材とはいえ、県立高校から材を調達するのであれば、調達に係る公明さを得る必要がある。鈴木さんは県教育委員会や農林高校に理解を求めるために奔走した。結果、相談をはじめてから鉛筆の誕生まで1年半を要した。
鉛筆づくりの最終段階、芯を入れるところは東京の鉛筆工場が担ってくれる。その最小ロットは1万本、板材(18×5cm、厚み5mm)を3000枚用意する必要があった。厚み5mmでないと鉛筆工場の機械を通らないということで、結構シビアだった。そんな時、協力してくれたのは農林高校の生徒たち。
製材(鉛筆用仕様の杉板つくり)の様子
左上:厚み7㎜程度に切ります、右上:5㎜の厚みにします
左下:長さ185㎜に切ります、右下:節などがないか1枚1枚、確認します
「先生のご理解と協力の下、地域の伝統芸能『麒麟獅子舞』の部活動を行っている生徒さん7名が、部活動が終わった後の帰宅列車までの待ち時間を利用して、夏の間の1.5〜2カ月、製材作りに協力してくれました」
贈呈式の様子(2020年12月18日)
※写真の撮影時は、ノーマスク(無言状態)で対応されているとのこと。
黙々と手を動かしてくれたという彼ら。鉛筆が出来上がったときの反応は?
「すごく喜んでくれましたね。なにしろ彼らが一番端材の状態を知っているので、あの端材が形になったぞ、鉛筆になっているぞ!という感動があったのでしょう」
出来上がった智頭杉鉛筆のうち150箱は、農林高校へ端材のお返しとして渡し、地元の新聞社にも取り上げられた。
削りかすまで無駄なく使えると評判
出来上がった智頭杉鉛筆の評判はどうなのだろう。
「智頭町からもサポートいただき、地元の小学校の全校児童200人ぐらいに2本ずつ使ってもらっています。そのうち小学校3年生のあるクラスでは、鉛筆の削りかすを集めてポプリづくりをしているそうです。削って終わりではなく、削った後のスギの香りもいいよねと、そこに着目した感性が素晴らしい!大手メーカーの鉛筆とは違う、スギの特性を活かした無垢の鉛筆を、みんなが気に入ってくれた印でもあると思います」
「さすが智頭杉、ピンクがかった赤身の部分がいい」と絶賛する人も!
今は鳥取県内を中心に販売。名入れの依頼なども来ているという。オンラインショップでは遠方からの注文も続いている。
無塗装仕上げのため、とても柔らかい木肌と優しい香りを楽しめます。
夢は日本全国ローカル鉛筆
今後はどんな展開を考えているのか。
「ロットの問題もありますけど、今後は鉛筆のバリエーションを増やしていきたいですね。ある程度うまく回るようになったら、今の2Bとは違う濃さや太さ、そして究極的には色鉛筆をつくりたいです。見た目は全部同じスギだけど芯の色がそれぞれ違う、そういう大人の色鉛筆を」
そして夢は「ローカル鉛筆」へと広がる。すでに「六甲山鉛筆」「淡路島鉛筆」と「智頭杉鉛筆」がある。こんな風に地域の材の特長に合わせた特産品として、日本全国ローカル鉛筆という展開ができたら楽しいだろう。
「とりあえず6地域の鉛筆ができて、6種類を全部ひとまとめにセットした商品ができたら面白いよねと、木材コーディネーターの山崎さんと話しています」
1本20円でも鉛筆は買える。この智頭杉鉛筆は1本140〜150円だ。どこにでもある鉛筆とは違う、その価値のわかる大人に買ってもらいたいと、鈴木さんは声に力を込めた。
左:パッケージの内側には「智頭町について」「智頭とモモンガ」「智頭杉鉛筆」についてをイラスト付きで紹介。
右:智頭杉鉛筆を取扱店舗などに配備しているフライヤー/チラシ。
(撮影場所:農林高校演習林内)
写真右から、鈴木猛夫さん、山本泰造さん、奥井彩音さん。
奥井さんは林業家・デザイナーで、智頭杉鉛筆のフライヤーデザインを担当されています。
編集後記
鉛筆で文字を書いたのは何年ぶりだろう? そのぐらい、デジタル機器漬けの大人は鉛筆とは遠いところで暮らしている。でも、だからこそ、この鉛筆の価値がわかるのではないだろうか。
静かに削る時間も楽しい。削りかすはポプリにも猫トイレにも使えそうだ。無垢の木肌の感触を楽しみながら書き味を楽しむ。昭和から令和への時間が流れる。