東日本大震災の津波により、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉6県の海岸林約3660ha(内、海岸防災林1718ha)が、流失・水没・倒伏と壊滅的な被害を受けました。これらの被災した海岸防災林を再生し、天然の防潮堤として機能強化する動きが、いま各所で起きています。
震災後行われた調査(「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」資料より)では、
津波に押し流された車を海岸防災林が捕捉
(林野庁資料より)
- 9mを超える津波で海岸防災林に甚大な被害が生じつつも、背後にあった住宅が原形をとどめた
- 流された船や車が林帯に捕捉されて農地や住宅地への侵入が阻止された
- 破壊された防潮堤のコンクリート片が、その内側にある海岸防災林で捕捉された
などの例が報告されています。
また、埼玉大学大学院理工学研究科・(兼)環境科学研究センターの調査では、神社林や住宅地の立木が倒伏することなく存続し、漂流物などの捕捉に大きな役目を果たしたとされています。
海岸から約2km離れた場所に位置する神社では、社建物は倒壊したが、大杉などの立ち木は残り、多くの流木を捕捉トラップした。(福島県相馬市)
左:住宅地内にあったケヤキが漂流物を捕捉した例。 右:押し流された住宅を受け止めた例。
このように海岸防災林などの森は、津波自体を完全に抑止することはできなくても、津波エネルギーの減衰、到達時間の遅延、漂流物の捕捉など、被害を軽減する効果が認められ、地域の多重防御の一つとして復旧・再生が急がれているのです。
根元から倒伏した若いクロマツ人工林や根茎ごと倒伏したマツやスギ
森の防潮堤を提案する宮脇昭氏
こうした中、植物生態学者の宮脇昭氏(横浜国立大学名誉教授、地球環境戦略研究機関国際生態学センター長)は、被災がれきを活用した盛り土に多様な樹木を植えて「森の防潮堤」を築く構想を提唱。被災地の首長、NPOや住民、支援企業などによる「いのちを守る森の防潮堤プロジェクト」という取組が推進されています。
このプロジェクトが提案する防潮堤とは、
- 危険物を取り除いた被災がれきを土と混ぜて埋める。
(がれきは地球資源である。がれきを混ぜることで土壌との間に空気層が生まれ、より根が地中に入り、木々が安定するとの考えに基づく。) - その上に、ほっこらと盛り土をしてマウンド(植樹地)を築く。
- 土地本来の潜在自然植生を構成する主木を中心に、深根性、直根性の常緑広葉樹(高木、亜高木、低木も)ポット苗を多種多様に混植、密植する。
被災地に育つ森の防潮堤として、提示された多種多様なポット苗群。シロカシ、アカガシ、ネズミモチ、ユズリハ、シロタモ、タブノキ、スダジイ、ヤブツバキ、ウラジロカシ、アラカシ
- 15〜20年の短期間で多層群落の自然林に近い樹林に生長し、最終的には樹冠の高さ20〜25m以上の豊かで堅牢な森の防潮林が完成する。
(地中深く根を張った森が緑の壁となり、波砕効果によって津波の力を減殺。また、引き潮による被害も軽減する。)
そして、この緑の「長城」を東北地方の沿岸約300kmにわたって築こうと、仙台市輪王寺住職らが中心となって、植樹のための苗木づくりや普及活動を全国レベルで展開しています。
一方、林野庁が進める「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」では、海岸防災林の再生方針をまとめています。
この中で再生にあたって検討すべきと書かれているのは、たとえば、
- 津波エネルギー減衰の観点から、広い林帯幅が望ましい(150〜250m程度など)。
- 人口盛土は津波エネルギー減衰を考慮した高さが望ましい。
- 災害廃棄物を適切に処理した再生資材(コンクリートくず、津波堆積物など)を、盛土材などに利用することが望ましい。
- 森林の構成、植栽樹種については、自然条件や地域のニーズを踏まえた多様な森づくり、生物多様性の視点から、広葉樹の植栽について考慮。「例えば、海岸の最前線は針葉樹ではクロマツ、アカマツ等、広葉樹ではカシワ、トベラ等。陸側は針葉樹ではクロマツ、アカマツ等、広葉樹ではカシワ、タブノキ、コナラ、エゾイタヤ等」
などと記されています。
3月下旬、仙台市若林区の約3haの海岸にカシなど広葉樹を交ぜた防災林を造成すべく試験植林を5月に行うこと。また、環境相と宮城県知事が海岸防災林整備のために県内のがれきを盛り土として再利用することで合意した、とのニュースが報じられました。
このように具体化された動きはまだ少数かもしれませんが、被災地の人々の足元から着実に広がり、やがて命を守る緑の防潮堤が広範囲にわたって築かれることが期待されます。
植栽されたクロマツ林内に自然に進入した多くの広葉樹が混生している海岸林。(宮城県亘理町)
(記事掲載月:2012年4月)