目を閉じて、禿げ山だらけの、かつての日本の風景を思い描いてみる。
本書は「国土」を形成する日本の森林の歴史や、その変貌のメカニズムについて丁寧に解説したものですが、そのタイトルが森林「飽和」とされていたことに意外性があったのか、森林をテーマにした実用新書としては珍しく、各所で話題になっているようです。
日本では、海外で消失が進む森林のイメージに引っぱられて「森は減っているから、植林が大切だ」と考えている人がまだ多いようですが、今、日本の多くの森で必要なのは、山林環境を健全化することであり、植えるよりも伐ることの方が急務とされています。
(私の森.jp読者からは「分かってるよ、もちろん!」と言う声が聞こえて来そう〜)
しかし、これはここわずか数十年の問題であること、少し前までの日本の景色は、どこも禿げ山だらけで、かろうじて残った森を護り、伐りすぎた森の再生に必死だったことについては、どのくらいご存知だったでしょうか?
- 石炭や石油の化石燃料が登場するまで、唯一のエネルギー資源であった森
- 鉄や塩の需要増大とともに大量に伐採された森
- 田畑の肥料を提供し、厳しい年貢の取り立てをささえた森
- 建築材として献上される木材を供出した森
日本文明の発展は、豊かな森林資源に支えられたものでしたから、加速する人口増加に伴い、当然のように森林資源は枯渇へと向かいます。本書中随所に紹介されている図版の、荒寥とした山地の様子はやはり印象的。江戸時代の厳しい入山制限「留山制度」が、なぜそうしなければならなかったのか、一見して理解することができます。
さて、水を貯えることの出来ない禿げ山が、各地で河川の氾濫や土砂崩れといった問題の原因となったのはもちろんですが、河川に流出した土砂は海辺で砂浜を形成し、海岸線を拡げたという点は、興味深く、目からウロコ!でした。本書は、森林の環境保全機能が国土の姿を変え続ける大きな要因であることを、解き明かしてくれます。
やがて時が移り、国を挙げての植林活動を経て日本の森林は、豊かに成長し今度は「飽和」状態となります。化石燃料と外国産の木材が輸入されるようになると、日本の森は資源として使われなくなってしまったのです。人とのつながりが途切れた森は、どうなっていくのか。
「森林飽和」は、歴史上まったく新しいステージに入った日本の森林について、私たちはどう付き合うべきか、改めて考えさせてくれます。私たちは、森が、単なる木材生産地という役割を超えて「国土」の姿を左右する重大な要因であることを深く認識しなくてはなりません。
この本を読んでいると、日本地図が頭に浮かびます。人と森、私と国土。森に関わることをされている方も、そうでない方も、ぜひご一読下さい。決して難しくはなく、平易な表現で、大変興味深く読み進むことができます。
次々と政権が変わり「国」のすがたを把握しにくい昨今、改めて「国土」という視点で森を眺めてみてはいかがでしょうか?
(編集部:あかいけ)