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あの人の森は?
伝えたい、森の今:第九回インタビュー:関原 剛さん

あの人の森は?

伝えたい、森の今

第九回インタビュー:関原 剛さん(新潟県上越市)「山即海」の環境で新しい「クニ」づくり まかない力のあるコミュニティこそ理想

聞き手・文:赤堀 楠雄(林材ライター)

問題の根源はコミュニティの疲弊にある

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部(以下「かみえちご」)は2002年に設立されました。それまでは間伐材の家具を開発したり、間伐材の産地認証制度を運営するNPO(木と遊ぶ研究所)を立ち上げたりと、植林された森林に関する活動をやってたんですが、森が荒れているとか、川が汚れているとか、不法投棄が増えているとかいった問題はすべて山村コミュニティの疲弊から来る外縁的なものだということがだんだんわかってきたんです。逆に言えば、コミュニティそのものが良くなれば、どうにかなるんです。森を守りたければ、森を守る仕組みを守らなければいけないという考え方に変わったわけです。

桑取谷(NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部Webサイトより)

ちょうどそのころ、木と遊ぶ研究所で桑取谷(上越市西部の桑取、谷浜、中ノ俣、正善寺の各地区を含んだ中山間地域)の人たちが持っている技能の調査をやりました。そうしたら、ここには3ケタ以上の技能があって、ひとりの人がいくつもの技能を持っていること、しかし、ある技能を伝達するための限界年齢を85歳だと仮定すると、調査実施時点から10年後に技能消滅のピークが来ることがわかった。これはヤバいなと思いましたね。その一方で、桑取谷の上流で計画されていたゴルフ場開発計画が反対運動で中止になり、開発予定地を上越市が買い取って森林公園をつくることになった。市では地元でNPOをつくれば公園の運営を任せてもいいと言う。ならば座して死を待つよりは何かをやった方がいいということになり、住民を中心に90人くらいの発起人が集まって、「かみえちご」を設立したんです。

 

地域内連携を取り持つ「紐」が必要

農山村コミュニティの活力が低下しているのは、意思疎通や相互通信力の低下が原因です。人はまだいるし、良い物も残っている。私たちが調査した技能もそうです。しかし、住人同士が意思疎通したり、技能をベースに物事を融通し合ったりということがなくなり、村がコミュニティとしての機能を発揮できなくなっている。ならどうするか。村の中で連携を図るためのつなぎが必要になるんです。例えるなら、住人やさまざまな技能というのは、きれいに磨かれた珠のようなものなんですが、それをつないで数珠にする紐が必要なんです。昔はそれを自分たちでやっていたし、最近までは行政がその役割を担ってもくれていた。でも今はコミュニティ自体が疲弊して、行政も広域合併などで関係が薄れてきている。だったら私たちのNPOがそれをやろうというわけです。「かみえちご」は数珠の紐なんですよ。

コミュニティに活力をもたらす紐になるには、媒介性、媒体性、編集性、翻訳性、意訳性といった5つのつなぎ要素が求められます。人と人を媒介し、自らが媒体となり、あること全部を羅列はできないから編集能力が必要だし、行政用語とムラの言葉を取り持つ翻訳能力、村人の意を汲む意訳能力も欠かせません。いま「かみえちご」には8人の若い常勤スタッフがいて、森林公園の運営のほか、地域の民俗行事や伝統行事の支援と記録、さまざまな体験活動、地域の子供たちを対象にした教育活動、地元産品の販売などを行っています。そうやって組織としての維持経費を稼ぎつつ、紐として機能するための能力も身につけていく。彼らにとっては毎日が勉強ですね。

 

NPOの若者たちが地域の元気の素になる

でも、桑取谷にとって「かみえちご」やそこのスタッフである若者たちの存在は大きいと思いますよ。以前なら集落ごとにいろんな陳情をしていた人たちが、「かみえちご」の会議では桑取谷全体の視野に立った話をするようになりましたし、あれがしたい、これがしたいといった意見も出てくるようになりました。告知や宣伝とか、役所との折衝とか、外部の人への対応とか、そういうことをやってくれる紐があれば、地域にはまだまだ底力があるんです。出てくる村人は年寄りばかりだし、スタッフは若者だけど、この1世代ワープした祖父母と孫みたいな組み合わせがいいんですよ。親子世代では反発し合うからダメなんですよね。だいたい村人でも40〜50代の働き盛りは家族を養わなければならないから忙しい。でも彼らもスキルは高いから、年寄りと若者があれこれやっているのを見ながら、バックアップするという体制ができつつあります。いつかはオレもやるんだろうなという意識も芽生えているみたいですし、こういう世代間の分業体制が機能していることが重要なんです。紐の大切さをありありと感じてくれている人も増えているみたいです。だからスタッフの若者たちも愛されていると思いますよ。

これからのコミュニティづくりでは、村人の再定義が必要だと考えています。村人とは誰かと言うと、ここに住んでいる人だということになるわけですが、本当にそうでしょうか。例えば「かみえちご」のスタッフには地域内に住んでいる者もいるし、近隣から通ってくる者もいます。あるいは都市部に住んでいるけど、ここでのイベントにいつも通ってくれている人だっています。そのように定住者、近隣から通う人、都市から通う人という違いはあっても、全員がここに深く関わっている。だったらみんな村人でいいじゃないですか。私たちは「ムラ人」という表現で、定住者は1種ムラ人、近隣から通う人は2種ムラ人、都市から通う人は3種ムラ人と独自に定義しているんですけど、要するに条件はひとつだけ。自然を含めたここのコミュニティに帰属意識を持っているかどうかです。もちろん、外から通う人は、村の掟や作法を謙虚に学ばなければいけないし、居住者側にも彼らを受け入れる姿勢が必要です。ここでも紐である「かみえちご」の存在が大切で、双方の間で意思疎通の仲立ちをしたり、クッションになったりしてコミュニティがきちんと立ち行くようにしていくわけです。

 

まかない力を高めて新しい「クニ」づくりを

桑取谷のくらし(NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部Webサイトより)桑取谷は水源地から海までわずか15㎞ほどの流域で構成されている地域です。山があってすぐ海になる。途中に平野はない。山、即、海というこの環境は、山の物も海の物も地域内でまかなえる自給性をもたらしてくれています。コメの自給率はおそらく1000%を超えているし、海があるので魚も獲れる、塩も採れる。文化も教育もある。お互いが数珠になっていることで、さまざまな物事をまかない合うこともできている。世界があって日本があって新潟があってここがあるのではなく、ここはどこに帰属しないでも生きていける可能性があるんです。日本の長大な海岸線に同じような条件のところがたくさんあって、そのいずれもがこれまでは閉ざされた地域としてマイナスの目で見られてきたわけですが、これからはむしろそういう場所を生存の基本ユニットとして捉えなおすことが重要なんじゃないか。そんなことを私は考えていて、ここを「クニ」と呼んでいるんです。

クニに必要な10種類のまかないクニの成り立ちは自給が基本です。だからクニの力を高めるのは、特産品を外向けに販売して儲けることじゃない。まずはクニの中で必要な物事をまかなえるようにしなければなりません。具体的には、米野菜、水、木材など10種類のまかないが必要です。もちろん、余剰は発生します。それは外向けに売ればいい。でも、ただ売るだけではなくて、都市とある契約を結ぶためという考え方もありうると思っています。例えば、ここの棚田では生活排水がまったく入らない天水100%の水でコメをつくっています。「かみえちご」ではそれを都市向けに販売していますが、はっきり言って価格は高いです。しかし、ただ売るだけではなくて、買ってくれている人は準ムラ人として祭礼への参加も認めていますし、仮に不作になっても分配しますよと念書を付けて売っています。もし都市で何か災害があったらここを疎開先に使っていいとも言っています。そうやって保険契約のような形を取ることで、コミュニティの経費を外から稼ぎ出そうというわけです。

ただし、しつこいようですが、外に売るのはあくまでも余剰分です。産地化とか、ブランド化とかはやってはいけないんです。そんなことをやろうとすると、外部経済への依存度が高くなるから生産力を増やさなければならなくなって、自然のバランスを崩してまで物を作ろうとするようになるでしょ。自分たちが自給するのに必要なものがつくれなくなって、お金を出して買わなければならなくなるかもしれない。それではダメなんですよ。自給性を危険にさらしてまで物を売る必要はないんです。まず、クニの中でまかない力を確保しておく。そのことが疎開者を受け入れる力を持つことにもなるわけです。まかない力が都市に対する保険商品になるんです。こういう自己消費で成り立つ範囲を設定し直して、そこがクニ的に生きていける手法を一生懸命考えることが50年先の日本をどれだけ救えるか。そんなことを私は真面目に考えているんです。

 

プロフィール

関原 剛|せきはら つよし

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部専務理事
1961年新潟県糸魚川市生まれ。地元高校卒業後に上京。肉体労働などさまざまな仕事に携わった後、商業デザインや商業施設の開発企画に従事。1996年から上越地域でスギ間伐材の商品開発に携わり、地元建具業者で構成する協同組合ウッドワークの事務局長に就任(現在は顧問)。建具職人の技術を活用し、スギ間伐材製の家具を製造する取り組みが注目され、その後、各地でスタートする同種の取り組みの先駆けとなる。NPO法人木と遊ぶ研究所理事として間伐材の産地認証を行うシステムも開発した。2002年に上越市西部の桑取谷の住民らとNPO法人かみえちご山里ファン倶楽部を設立し、専務理事に就任。地域の自給力を生かしたコミュニティ再生の取り組みを展開している。

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部

未来への卵 ―新しいクニのかたち― かみえちご山里ファン倶楽部の軌跡

参考図書:未来への卵 ―新しいクニのかたち― かみえちご山里ファン倶楽部の軌跡(かみえちご地域資源機構発行)

関原 剛|せきはら つよし
 
 

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