短くも長大で重厚、木々の戦いを描いたケルトの森の叙「事」詩! 凄い。
古代ヨーロッパの時代、アルプスを挟んで南にローマ文化、以北にはケルト文化が広がっていて、それはゲルマン民族に侵攻されるまでの大きな森林文化圏でした(世界史の授業が懐かしい)。
ご存知のようにケルト文化は現在でもアイルランドなどに色濃く残っていますが、日本でローマ文化ほど日常的に身近ではなく、こんな本に出会うと、見慣れぬ森への扉が急に開いて、心細さと高揚感とで胸が高鳴ります。
深緑色したヒイラギは
決然として一歩もひかず
多くの穂先で武装して
ひとびとの手を痛めつける
すばやきオークは足踏みならし
天と地をばとどろかす
〈扉を守る剛の者〉と
その名はあまねく知られたり
本書「木の戦い」は、伝説の吟遊詩人タリエシンが詠んだ美しく勇ましい詩行と、書家・華雪による「木」の書が織りなす、不思議に「説得力のある」詩本です。
古代ケルト人にとって「木」は神霊であり世界の象徴」でした。解説によれば、アルファベット二十文字はそれぞれ木の名によって呼ばれ、さらには「暦もまた木によってあらわされていた」とのこと。まるで妖精の世界ですが、そうしたコミュニケーションが日常であった時代の美しさや厳しさ、いのちが放つ強い輝きが一つ一つの言葉から迸り、私を圧倒します。
さらに素晴らしいのは、挿絵というよりは、詩の一部となった勇美な「書」が、読む人の肉体的な感覚を呼び覚まし、表現しがたいリアリティを与えてくれること。「木の戦い」はもはや私の中で歴史上に存在する「出来事」として実感をともなってしまいました。
森に入ると出会う、今にも動き出しそうな形をした木々。私たちとは時の流れるスピードが異なり、止まっているように見える彼らは、実は超スローモーションで動いている生き物であるということを思い起こします。
動物の筋肉のように躍動感溢れる枝のうねりや、威風堂々たる幹の立ち姿、それから木々の樹冠が「群れ」となって発する、あの大きなざわめきが、私たち人間と同じスピードで動き出すとしたら?
「木の戦い」は、そんな話をしながら人に勧めてしまう、とても魅力的な本なのです。
(編集部:あかいけ)