静寂の中で香り立つような樹木をめぐる文化誌
「木を軽視するのではなく再び見つめなおし、荒廃から救い、そして私たちの視野の中にその居場所を取り戻すことは、価値ある挑戦である。木々は票を漁る政治家のように目立ちたがることもなく、人が近づいてくるのを待つのみである。それでも木は人の目を奪い、その姿は絵画へと昇華する。」引用されたシュタイナーの言葉に、冒頭からいきなり真髄に触れたようでドキッとする。この本は、軽井沢・脇田美術館にて開催された「木のデザイン」シンポジウムにおける著者の講演録と写真集。
主に建築の文化や歴史を研究分野とするクラウス・ツベルガー氏が、タイトルの「カラマツ」に留まらない多様な樹木の歴史や神話、伝説、信仰、アートなど広範なテーマで語り、静かに樹木と対峙した写真の数々がイメージを増幅する。
ヨーロッパにおけるカラマツ林の盛衰などの史実も興味深いが、特に面白いと感じたのは、太古から伝わる樹木をめぐる各地の神話や伝説だ。人々が木にどんな信仰や思いを抱き、どう付き合って来たか。たとえば、北シベリアのヤクート族は、カラマツが「世界樹」であり、神の国と現世と黄泉の世界を行き来するための梯子の役を担っていた。アルプス地方ではカラマツは慈悲深い木の妖精の家だと信じられてきた。ケルト族は木をコミュニティーの一員として考えていた。ネイティブアメリカンの祈祷師は木を「big standing brother」と名付けていた……。宇宙樹の概念や樹木崇拝、ことわざや風習などを通じて、木と人々の繋がりが次々と鮮やかに浮かび上がってくる。
さらに、自然療法薬として利用されているカラマツのテレビン油やバッジフラワーについてなど実用的なトピックもあれば、もちろん建築や芸術の話題もあって、とにかく盛りだくさんの一冊。じっくり熟読しても、拾い読みでも、写真だけを眺めても、この本がもつ独特の味わいを楽しめそうだ。
(編集部:おおわだ)