映画を観るように、夜にゆっくり読みたい一冊
「宇宙の屋根はドーム型で、天体を支えているのは、巨大な木。」
「大きなナラの木が天空に横たわって、天の川になった。」
「精霊の通り道をまたぐと、"森のベール"に捕らえられて、あべこべの世界から出てこられない。」
この本には、こんな不思議な神話がたくさん出てきます。詩のように次々と語られる言葉に重ねて、熊と結ばれた少女の写真や、精霊のあごひげ、裸の少女たち(精霊の姿!?)など、美しい写真に想像力をかき立てられ、遠いむかしの森の世界へ引き込まれていきます。
古代のフィンランドでは、森が寺院であり、神殿であったそう。祖先がいる「向こう側の世界」と、私たちとをつなぐ扉とされていた神聖な木立。そこで行われる儀式では、音楽に乗せてさまざまな神話が歌われたそうです。
北欧の森と言えば、誰もが自由に入れる権利(自然享受権という慣習法)があるので、昔からもっと公園のような身近な存在なのかと思っていましたが、森(=metsä メッサ)の語源は、遠くのもの、はしっこ、境界などの意味があり、その境界を渡る時は、精霊たちの名を唱えたり、儀式が行われてきたそうです。
森の精霊たちは、日本でいう八百万の神に近いのか、妖怪のようなものか、日本との違いを考えながら読むのも楽しいです。
まるで、架空の森やフィクションのようでもありますが、これらは全て、2人の女性写真家が15年かけて各地を訪れて聞いたもので、実際に農民たちが大切に語り継いできたお話ばかり。中には、ひそひそ声で子どもに伝えるような話や、夫婦の間でさえ話さないような話もあったそうです。
特に東部のある地方では、何かがあった時に夢や悲しみを語ったりする「分身の木(守護の木)」という、自分の木を持つ(受け継ぐ)という風習が残っているのですが、ある老夫婦は今回の取材で初めて、相手にも個人的に深い関係を結んでいる木があることを知ったそうです。
そんな風にフィンランドの人びとがそっと自分の中で大事にしてきた、木との関わりを聞かせて頂いているようで、遠い日本でその話を知ることになる不思議さも感じました。
"あとがきにかえて"を読むと、彼女たちの活動の背景や思いに触れられて、さらに深く心に残るものがあります。森林開発やキリスト教によって、聖なる森や木との関わりが薄くなってきているそうですが、沢山の貴重な写真とともに、木への信仰や思いの記録がそのまま残されたことが素晴らしいと思いました。
遠い土地の話ではあるけれど、木と人との心の繋がりを知ることで、より木の尊さや偉大さを感じられる素敵な本です。ぜひ最後まで、ゆっくりと読んでみてください。
(編集部:すぎた)