生命力に満ち溢れた昆虫達のミクロコスモス
昆虫の中には、他の昆虫に寄生することで種を存続させてきた仲間がいる。
寄生の方法は様々だが、中にはなんでまたそんな回りくどい方法を、、とツッコミたくなるような方法を取る虫たちもいて、この絵本の主人公であるヒメツチハンミョウもその仲間だ。彼らの命は驚くべき旅を経て、それはもう奇跡的な確率で、わたしたちの住む地球にようやく存在しているのだ。
この絵本は、そうした自然界に無数にある生存戦略のなかから、ツチハンミョウたちの作戦をえらび、虫目線の迫力ある構図と、点描のような精緻なタッチでいきいきと描いている。
ツチハンミョウは幼虫時代に、ハナバチの巣に寄生する。
ハナバチ(※)ならどれでも良いというわけではない。ハナバチにはミツバチやクマバチなど色々な種類が存在するが、ヒメツチハンミョウが寄生出来るのは、ヒメハナバチなどわずか1~数種類しかない。
※ハナバチ:幼虫の餌として花粉や蜜を蓄えるものの総称
ヒメツチハンミョウの幼虫たちは、地中に産卵された卵から孵化してこの世に誕生する。命が続くのはわずか4日。地上から何とかしてハナハチがやってきそうな植物の花までたどり着くと、寄主をひたすら待つのだ。
お目当てのハナバチがやって来ると、幼虫はそれにつかまり、ハチたちの巣を目指す。 けれども花には蝶やクモなど寄主以外の昆虫や、昆虫を捕食する鳥も集まってくるので、相手を間違えてしまうと、目的地にたどり着ける確率はグンと下がる。
幼虫が生きていられるのは、4日の間しかないのだからチャンスは何度も巡っては来ないだろう。 確率の低いことだ。
ゆえにツチハンミョウは、数千から1万もの卵を産む。それでも無事に目的のハナバチの巣にたどり着ける幼虫はほんのわずかであって、それこそ宝くじに当たるような確率だろうと思う。
こうして、ハナバチの巣に辿り着いた強運な幼虫だけが、花粉団子やハナバチの幼虫を糧に成虫に育ち、やがてまた卵を産むことができる。
考えてみれば、あらゆる生き物は、生存競争という過酷な旅と、消え去ったたくさんの命の上に、奇跡的に成り立っているわけで、ゆえに生きているということはそれだけで力強く感動的な事なのだ、というあたりまえの事をこの絵本は気づかせてくれる。
作者の舘野氏は、この絵本を描くにあたり、何年もかけて根気強くツチハンミョウも生態を観察して続けてきたそうだ。ハナバチの巣とツチハンミョウの卵塊を採取し、成虫になるまで飼育を続けたという。
外気に触れた花粉団子はすぐにカビが生えてしまうそうで、3~5時間おきに、顕微鏡を覗きながらピンセットでカビを取り除いたというから驚く。
この小さな虫たちのドラマにリアリティーと深みを与えているのが、こうした作者の努力と情熱であることは間違いない。
美しく力強い昆虫達のミクロコスモスを、是非楽しんでいただきたい。
ちなみに、私のお気に入りのページは、色々なな昆虫たちが花に群がるシーンと、ツチハンミョウの過変態(※)シーン、この柄の布地で、ワンピースやスカーフなど作ったら、結構洒落ていると思うのだが、マニアック過ぎるだろうか。
※過変態:幼虫期の間で生活様式の変化に合わせて形状が著しく変態すること
参考:
昆虫はすごい 丸山宗利/著
(編集部:こもり)