これ一冊あれば暑い夏も大丈夫。部屋の温度がすーっと下がります。
半年ほど前に『山の怪談』という本を紹介したが、こちらは第三弾まで出るほどのベストセラーシリーズなので、ご記憶の方も多いと思う。この本に載っているのはいわゆる民話や昔話ではない。いまどきの都市伝説的な怪談でもない。フリーランスのカメラマンが、仕事を通じて個人的に出会ったマタギたちの話を元に一冊に編んだもので、具体的な語り手が見えているというのが重要なポイントのように思う。
本の冒頭に記されている通り、「山で変な音を聞くことがある」程度のごくあっさりした情報量で話としての体裁をなさない断片のようなエピソードも数多く紹介されている。それでもマタギや漁師本人や、仕事仲間や家族の話として語られる逸話にはリアリティがある。見える人と見えない人、作業音を真似する狸、つけてくる足音など、短いが生活感あふれるエピソードが連打で出てきて引き込まれる。
中でも「不思議なことなんてない。怖い思いをしたこともない。全部理屈で説明がつく」と言い張る人が、ぽろっと「そういえばこんなことがあった」と出てくる話は。吹きこぼれてくる感じが面白い。
後半、ようやく著者本人の体験談が出てくるが、ナビに騙される話はいかにも現代的で生々しい。ナビに誘導されるまま、どんどん狭い山道に踏み込んでいく。さすがにどう考えてもこの道はおかしいと思って引き返すことにする。そこで向きを変えて走り出すと、ナビがUターンしろUターンしろとしつこく連呼する。これはこわい。近年訪れたばかりのある村が、ナビが混乱するので有名な場所と知ってドキドキする。
チェーンソーやダンプの音がありえない場所でする話などは昔ながらの「天狗の仕業」を思わせるが、この本に出てくるマタギたちはそれは狸のしわざだという。「人魂」についても狐本体が光るタイプ、直径1メートルの青い光のタイプ、山の斜面全体を照らす光のタイプなどさまざまあって、そのバリエーションの豊かさに感心する。
銃で撃たれてもびくともしない白鹿、こちらをじっと見ている小人、深夜の山小屋の周りを飛び回る修験者、キャラの立ったもののけがどんどん出てくる。昼間なのに急に辺りが真っ暗になって道に迷う、通い慣れた山の中に突然初めての開けた場所が出現する、など複数の人が共通したパターンの話をするのも興味深い。「どれも見た人の幻覚に過ぎない」と説明をつけることもできるが、ならばどうして共通したパターンが出てくるのか。じっくり考えると何やらすーっと寒くなる。夏の納涼アイテムとして一冊いかが?
(編集部:たかしな)
<目次>
序文
Ⅰ 阿仁マタギの山
狐火があふれる地/なぜか全裸で/楽しい夜店/生臭いものが好き/狐の復讐/見える人と見えない人/狸は音だけで満足する/消えた青い池/人魂、狐火、勝新太郎/親友の気配/辿り着かない道/蛇と山の不思議な関係/汚れた御札/マタギの臨死体験/叫ぶ者/白銀の怪物
Ⅱ 異界への扉
狐と神隠し/不死身の白鹿/来たのは誰だ/もう一人いる/道の向こうに/響き渡る絶叫/僕はここにいる/謎の山盛りご飯/山塊に蠢くもの/鶴岡市朝日地区/出羽三山/鷹匠の体験/奈良県山中・吉野町/ツチノコは跳び跳ねる/足の無い人/只見町/山から出られない/行者の忠告
Ⅲ タマシイとの邂逅
帰らない人/死者の微笑み/迎えに来る者/ナビの策略/椎葉村にて/テントの周りには/宮城県七が宿町/なぜか左右が逆になる/不気味な訪問者/奈良県天川村/帰ってくる人/固まる爺婆/お寺とタマシイ/飛ぶ女/帰ってくる大蛇/呼ぶ人、来る人/狐憑き/真夜中の石臼/狐火になった男