森と人との幸福な在り方を探す人の、インスピレーションの源泉
副題にもなっている「住まいとウェルビーイングの新・基準」を探究すべく、著者は世界各地の森と人とを訪ね歩く。スリランカにある世界最高峰のアーユルヴェーダリゾート、フィンランドの自然がつくり出すレイヤーに織り込まれた建築、人類の文化遺産と言えるエストニアのスモークサウナ、東京里山秘話「鎌田鳥山」、熱帯雨林に裸で暮らす世界的芸術家ラキ・セナナヤキの建築とアート・・・いずれも歴史に裏打ちされ、森との独自の関係を深め、現在も試行を続ける森林環境と人との共生の成功例だ。
この本で語られるテーマは、医学、芸術、建築、林業など多岐にわたり、建築家である著者の広範な関心と知見、そして根底にある森への愛と畏敬があふれている。どのページにも美しい写真と豊富な情報が惜しみなく掲載され、紙質までにこだわりを感じる豪華版となっている。
以下、私の森.jp編集部員のお気に入りパートをご紹介。
アーユルヴェーダの聖地で環境と同調したい!(第1章を読んで)
数千年にわたり、人の健康、環境、建築の領域をまたがり人々を幸福へと導いてきた、インド・スリランカ発祥の古典医学アーユルヴェーダ。その世界最高峰と言われる「バーベリンビーチ・アーユルヴェーダリゾート」に、ここ10年ほど毎年通っている著者の実体験とインタビューに、また、素晴らしい自然と建築の写真に、私は見入った。
すると次第に、著者がこの地で感じた「五感がすべて自然と調和して、体が大きな自然と同調する」感覚がなんとなく、じわじわと、伝わってきた。それは私(たち)が日本の森に分け入った時にも感じるあの一体感をさらに濃密にし、かつ拡張した感覚ではないだろうかと。
そしてまた、「身近にある自然の総体は、本来その場の生命体のリズムすべてと同調し、それが繋がって連続した全体系をつくっている」との見方にも納得がいく。
私の友人の一人は、「バーベリンビーチで人生が変わった」という。彼女の話をひとしきり聴いてもよくわからなかった理由が、この章を読んで腑に落ちた気がした。
(編集部:おおわだ)
時を超えて木造の建築が伝える、豊かな森の文化
思わせぶりなタイトルの「2章 タイムマシンを生み出す森」は、二本立てで、それぞれ時を超えた記憶を伝える森の建築が登場する。“サウナの源泉を探る”では、日本にいてぱっと思い浮かべるサウナとは似ても似つかぬエストニアのスモークサウナが紹介される。サウナに入る前の一連の準備に最低でも5時間はかかるとか! けれど、土地の人々にとって、そこは子どもたちが生まれ、家族を看取る場所で、たくさんの魂や感情と繋がっており、スモークサウナで汗をかくことが祖先とのコミュニケーションでもあると知ると、本来の姿のサウナを体験してみたくなる。
“東京里山秘話「鎌田鳥山」”は一転、東京・八王子にある都立長沼公園内の山上にある木造建築をめぐる興味深いエピソードが語られる。副題に「鳥山文化饗宴の後」とある通り、野鳥料理の店「鎌田鳥山」がどのようにして始まったかという発祥に始まり、この建物こそ長沼公園に土地の照葉樹林がそっくり保存されている理由だという話が展開され、わくわくする。スモークサウナもタイムマシンの一つだということがわかる。いずれも読めば訪れたくなること間違いなし!
(編集部:たかしな)
熱帯雨林に出現するアート世界と、森林の濃密なリアリティに圧倒される
3章は、本書の帯にも登場されているスリランカの芸術家、ラキ・セナナヤキ氏のアート世界から探る、熱帯雨林環境の圧倒的なリアリティについて書かれている。国を代表する著名な芸術家は日常を上半身裸で過ごす。室内よりも外のほうが快適な熱帯雨林では、建築を内部化する概念が薄いという。ラキさんの住居もそのほとんどが外部環境であって、我々の「住居」という概念を疑いたくなる。どこにいても鮮やかに聴こえるだろう動物たちの声、そのまま届く光と風。密林の生態系が奏でるいのちの轟音、湿度の中に皮膚を晒して過ごすことの自由を想像してみるとどうだろう。
森林のリズムは生態系のリズムだ。その中で私も一部となり臓器をめぐるいのちのリズムは、森林のそれと共振するだろう。―― 日本にいても、森にはいるとこのまま森に溶けてしまいたいと思う瞬間がある。それはきっと私のいのちが森と共振しているからなのだ。
木造住宅の建築家である著者・落合氏が探求し続けた人体にとって理想の外部環境とは、森林環境であった。
多くのみなさんに是非読んでほしい一冊。
(編集部:あかいけ)
<目次>
序章 森林と人を結ぶ数式
試論/森林共生住宅のすすめ
1章 森林ウェルビーイングの先駆者たち
アーユルヴェーダの試みpart1・2
フィンランド 森のレイヤ―の教え
稲本正の今 電子と伝統の森から
2章 タイムマシンを生み出す森
サウナの源泉を探る
東京里山秘話「鎌田鳥山」
3章 熱帯雨林の環境リアリティー
Laki Senanayake Art and Forest part1・2・3
4章 木材に投影される森の力
月齢伐採と榊原正三の一味
対峙と共生の技術part1・2
住まいに家具の森を
終章 神の棲む森の掟
ウイルスと森の呪文