〈いのち〉はどう生まれ、どうして死ぬのか、それが問題だ。
「生き物の死にざま」というベストセラー書でも知られる植物学者、稲垣栄洋(いながきひでひろ)さんは、植物たちの不思議な生態、その生きざまを私たち人間のモノサシに置き換えて語ることのできる哲学者でもあります。
さて、この不思議な本をどう紹介したらよいのでしょうか。帯には「極上のサイエンスミステリー」と紹介されていたけれど、私小説のような語り口で、虚構の物語とサイエンスがそれぞれの役割を越境せずに綴られていきます。
ある日、楠木さんという学生から、大学で植物学を教える学者(著者)のもとに一通のメールがとどきます。
件名:「質問です」
本文:「どうして植物は動かないんでしょうか?」
学者は
“いやはや、ずいぶんと当たり前のことを聞いてくるものだ。”
“植物は「植わっているもの」と書く。もし動いたら、動物になってしまうではないか!”
とぼやきますが、
動く必要がないのは、光合成というエネルギー生成の仕組みを持っているからだ→
太古、植物は光合成をする単細胞生物を取り込むことで進化した→
しかし光合成が出す酸素は古代の生物にとって猛毒だったはず→
禁断の酸素を取り込む新たな単細胞生物が出現し→
それがまたより大きな単細胞生物に取り込まれてミトコンドリア誕生→
そうしてミトコンドリアを持った単細胞生物は、植物や動物へ、多細胞生物へと進化、
自ら栄養を作り出すことができた植物はムダに動く必要がなくなったのだ、
と思索は続くのです。
“私はコーヒーをひとくち飲んだ。”
“今日のコーヒーは苦みがちょうど良い。”
と、ブレイクを挟むと、今度は、「植物は動かない」は本当か? と、「植物は動かない」ことに疑義を投げかけます。思索は「動く植物たち」と、「動かない動物たち」をめぐり、哲学者アリストテレスの言う「植物」と、プラトンの言う「植物」の違いにたどり着く、これが月曜日の着地点です。
プラトンは
「人間は、逆立ちした植物である。」と言い、その弟子のアリストテレスは
「植物は、逆立ちした人間である。」と言ったそうで、
“「植物は」と「人間は」と主語を入れ替えるだけで、その後の思考は変わってしまうのだ。”
と学者は面白がります。プラトンは人間というものを問い、アリストテレスは、「植物」という眼の前にある物や現象に真理を求めた、とうことが分かるからなかなか面白い、といって。
“私は冷めきったコーヒーを飲み干した。
「Re:質問です」
私は返信をした。
「動かない植物は、きっとこう質問をすることでしょう。『どうして動物は動かなければいきていけないのでしょうか?』」”
本書は月曜日から一週間をかけて少しずつ読むのがオススメです。私たちの世界に息づくいのちの不思議に驚き、その生と死に思いを馳せると、太古から続くいのちの時間がじんわりと染みてくるような気がするのです。なお、日曜日の答えはちょっとロマンチックですから、どうぞお楽しみに。
(編集部:あかいけ)
プロローグ 命を考える一週間
月曜日 どうして植物は動かないのか?
・ 大学教授の朝
・どうして植物は動かないのか?
・植物が動かない理由・独立栄養生物と従属栄養生物
・光合成はすごい!
・古代の地球に酸素はなかった
・禁断の酸素
・モンスターに支配された惑星、地球
・「植物は動かない」は本当か?
・動かない動物たち
・植物は人間の想像力を超える
・アリストテレスにとっての「植物」
・プラトンにとっての「植物」
・月曜日の答え
火曜日 植物と動物はどこが違うのか?
・ 学問は「そもそも」から始まる
・植物の定義・分類の難しさ
・動物と植物はどこが違う?
・植物と動物の決定的な違い
・植物細胞の戦略
・「葉緑素を持つのが植物」は本当か?
・ウミウシとミドリアメーバー
・全生物最終共通祖先「LUCA」
・シアノバクテリアの存在
・誰にもわからないミステリー
・進化の不思議
・火曜日の答え
水曜日 草って何?
・ 草のスピード感
・草と木の意外な関係
・裸子植物と被子植物
・被子植物はなぜイノベーションなのか?
・そして植物は小さな草に進化した
・どうして長寿より短命を選んだのか?
・植物が手に入れた「確実性」
・すべての生物は死にたくないと思っている
・水曜日の答え
木曜日 木は何本あるのか?
・ 春の風物詩にまつわる疑問
・ソメイヨシノの特殊性
・タネで殖やすか、枝で殖やすか
・ソメイヨシノはクローン
・孫悟空は一人か二人か?
・大学教授の非常食
・バナナと温州ミカンの共通点
・減数分裂と三倍体
・三倍体の動物がいない理由
・それでも種子を作るのはなぜか?
・栄養生殖の危険性と種子繁殖の利点
・栄養繁殖と人類史
・ラメットとジェネット
・接ぎ木は何がすごいのか?
・ソメイヨシノの接ぎ木
・接ぎ木の本体はどっち?人魚の本体はどっち?
・臓器移植を考える
・木曜日の答え
金曜日 木は生きているか?
・ 木の柱は生きている!?
・木は生きながらに死んでいる
・人間と木の共通点
・脳と生死生命の本質とは?
・繰り返される生と死
・テセウスの船
・私とは何?私の心はどこ?
・私の本質
・フランケンシュタインの思い
・金曜日の答え
・大学教授の悩み
土曜日 植物は死ぬのか?
・ 死なない生物
・永遠に分裂を繰り返す
・「死」という発明
・老いの不思議
・死へのカウントダウン
・老いは進化の証
・細胞の役割分担
・「死」が生まれるまで
・分化全能性
・分化全能性の消失と再現
・植物は死なないのか?
・HeLa細胞
・自然はSFよりも奇なり
・生物は遺伝子の乗り物に過ぎない
・より優れた乗り物へ
・コピーのために死ねるか?
・死ぬ繁殖、死なない繁殖
・生きているとは?
・生物の条件
・土曜日の答え
日曜日 植物は何からできているのか?
・ 最後の質問
・植物のデザイン
・宇宙と生命をつなぐもの
・日曜日の答え
エピローグ 最後のメール