心静かに東北の里山に踏み入れる、本で味わうエコ・ツーリズム。
ご安心ください。タイトルを見て「グロテスクな生きものの写真がいっぱい映っているの?」と連想した人もいるかもしれませんが、そういう心配は一切ありません。むしろ、文章を読まずに写真だけ眺めれば、美しい日本の里山の風景をたっぷり堪能できると言ってもいいでしょう。
写真・文の永幡さんは“十数年にわたって東北地方を歩き、人がくらす里山で、動植物を調べて”きたそうです。原発事故以降も、人々が避難した後の土地を訪れ、「モンシロチョウが消えた」という話を聞いたかと思うと、逆に大発生も目撃したそうです。その原因として、放射性物質とは無関係に人間の営みが大きく関係していることに気づきました。一方で、放射線が全く無関係かどうかもわかりません。そこで永幡さんは“何が変化して、何が変わっていないのか。私がこれまでに見てきた、人がくらす場所の「当たり前の風景」とくらべながら、里山の変化を記録し始め”ました。この本はその記録です。
人が住まなくなり、農業などの営みがなくなったことで景色は一変しました。永幡さんは、放射線量の高い現地に足を運び、その変化を観察し、カメラにおさめます。「本来の自然環境に戻るのでは?」という予想と裏腹に、外来種のセイタカアワダチソウが水田地帯を埋めつくす光景。水田がなくなったことで産卵する場所を失ったアキアカネ(赤とんぼ)の姿が以前に比べごくわずかになった様子。
イノシシやニホンザルなど急激に増えた生きものもいます。人がいなくなったので里に下りてきたこともありますが、狩猟が減ったためでもあります。その理由は、猟師がいなくなったからだけでなく、獲物の肉に放射性物質が検出されて出荷できないからでもあります。人家に入り込んで繁殖しているネズミの増え方は「前代未聞の事態」とも言われています。
『人類が消えた世界』『アフターマン』など、人が姿を消すとその後どんな世界が展開されるのかを想像した本は過去にありましたが、この本では、今、日本の里山の風景がどう変化しているのか、生きものたちに何が起こっているのかを、現地を訪れて冷静に観察した現実が記録されています。
この本を読んだからと言って簡単に答えがわかるわけではありません。けれど、永幡さんのガイドのもと、福島県にある阿武隈山地の里山を歩き回りながら、そこは以前どんな場所だったのか、この数年どんな風に変わっているのか、原因はどんなことが考えられるのか、一緒に考えることができます。いわば本で体験するエコ・ツーリズム。ページをめくって心静かに東北の里山に踏み入れてみませんか?
(編集部:たかしな)