「森時間」の癒しイメージを吹き飛ばす、ハードコアな実走体験記
これは、「廃道」や「廃線」という単語にピクっと反応する人向けの本です。けれど、ピクっと反応する程度だと、圧倒されて言葉を失ってしまうかもしれません。文庫本の帯には「失われた道路を求めて潜る!渡る!突破する!大冒険!」と書いてあります。それを見てこう考えました。「これから森や山に入る時の楽しみがちょっと広がるかな」と。あなたもそう期待しませんか?
甘い。甘すぎます。
著者の平沼氏は、廃道・廃線をはじめとした日本各地の“変わった道”を実際に訪ね歩く「冒険家」と呼びたい人。WEBサイト『山さ行がねが』の管理人・ヨッキれん名義で探訪レポートを発表し続けています。廃道や廃線以外に、トンネルや橋なども対象となっています。道路レポートが195、廃線レポートが67、橋梁レポートが35という具合で、その一つ一つが読み応え満点の膨大なレポート群を形成しています。
サイトを見たあとでは「文庫本にはたった8章しかないのか」と思いますが、いざ読み始めると「8章しか」などと考えたことをすぐ後悔することになります。あまりの情報量の濃さ・多さに圧倒されるからです。事前調査、地図上での計画立案。古地図を入手しての位置の検討。なにしろ「廃道」なので、当然現在の地図には載っていません。道路を造成していた時代の地図だけでなく、文献などの資料を手にいれるわけですが、たとえ資料が見つかっても正確な位置まではわかりません。
だいたいのあたりをつけると、見つかる保証のないまま現地を訪れます。そして山の素人には決しておすすめできないようなワイルドな方法で道なき道へと分け入って行くのです。その結果、作りかけのまま放置されたトンネルの入り口を見つけたり、幻のスカイラインを発見したりするのです。
しかし、著者が言葉を尽くして発見の感動を伝えてくれても、その感動を共有しきれません。というのも、それ以前の探索行そのものに圧倒されっぱなしで、もはやどこに感動していいのかわからず、おいてけぼりを食ってしまうのです。
森や山に踏み入れる動機として、ここまで道を極めている人がいるのかと(廃道だけに文字通り道を極めているわけですが)畏怖の念すら覚えます。「森時間」という優しげな癒しのイメージのはるか斜め上をいく、ハードコアな森体験がここにあります。
(編集部:たかしな)