目をそらさずに、ふるさとの山と対話する絵本
表紙には画面いっぱいにどーんと山がいて、驚いたような困ったような怒ったような、それでいてひょうきんな顔つきでこちらを見ている。一見荒々しいタッチで、山の目や鼻や口も乱暴に描きなぐったような筆使いに見えるけれど、実は非常に細かく描き込まれている。
ページをめくるとグレーの世界をヘリが飛び、表紙にいたような山たちが困惑気味に空を見上げ、なにやら鼻で息をしており、その先を見るとそこにはキノコ雲めいた爆発がある。次の見開きもモノトーンの世界で、そこには何もかも飲み込むように押し寄せる水と幼い子を抱きかかえて涙を流す母親らしき人がいる。
ここまでがイントロ。
再び表紙の山が登場して言う。
「にんげんさまは あぶねぇと にげられるけんどもよ
おれたち山はにげらんねぇぞ
おれたち山は
どうしたらいいんだべか?」
山は相談した海が泣いてばかりだと言い、友達のカラスの死を淡々と伝え、人間に「おしえてくんちょ」と問いかける。そして人間の世界では、何にも心配ないと言っていることに疑念を抱く。やがてトラックがやってきて土がたくさんの黒い袋につめこまれ始めて……。
作者は茨城県出身で、原発事故後に自宅の庭の植物が以前のようではないことに気づき、避難を決意したという。だから冒頭の山のことばは、作者自身にも向けられたものと言ってもいいだろう。人間が引き起こした事故で人間は逃げられるけれど、その場を動くことができない山や海はどう感じているだろう?
何を訴えたいだろう?
そんな目にあったのに山は「にんげんさま」とていねいに呼びかけ、辛抱強く「おしえてくんちょ」と言う。けれども物事が進むにつれて思いが抑えきれなくなっていく。山の感情が徐々に高まっていく中盤の流れは圧巻だ。極論、そこまでで終わってしまった方が良かったのではないかとすら感じる。というのも、絵本としては、山がどうにか気持ちをおさめたようなエンディングだが、この中盤の「なぜこんなことになった?」という問いかけを受け止めることこそが肝心だからだ。
放射性降下物が降り注いだ山や森はいまも同じ場所にあって、30年経ってもたった半分にしか減らない放射線を浴び続けて、これからもずっとそこにあり続ける。そのことをたまに思い出して、目をそらさずに見つめてもいいのではないかと思わせてくれる。2019年イタリア・ボローニャ国際絵本原画展に入選した作品“MOUNTAIN”をベースに描き上げた作品。
(編集部:たかしな)