森を歩いていると頭が空っぽになってリラックスできる・・・ それは森のありがたい効能ですが、私の場合はいつもちょっと緊張しています。 気持ちは穏やかなのですが、生きものの"けはい"を察知すべく、 耳をそばだて、目は左右上下きょろきょろ。 でも、"生きていないもの"を見つけると、センサーはいったんオフにして静かに近づき、しゃがんでみます。 そして四方八方からじっくりと眺めてみます。それは動かないし、逃げませんから。
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"生きていないもの"はひっそりとではありますが、 森のあちらこちらにいます、というか、そこにあります。 岩や土、水といった無機物はその代表ですが、私が森の中で関心を向けるのは、 落ち葉や枯れ草、枯れ枝にセミの抜け殻、鳥の羽、空の蜂の巣などなど、生きていた動植物の一部だったもの。 そしてその一生を終えて朽ちようとしている倒木、寿命や事故、なんらかの病で死んだ動物の死体のことです。 そうそう動物の糞も含まれます。
これら"生きていないもの" は、生態系のウェブ(網)の結節点のひとつです。 なかなか直接見ることが難しい生物種のつながり、物質の流れの「見える化」 の絶好のチャンスなのです。
森には毎年毎年、数え切れない量の落ち葉が降り積もります。 でも、落ち葉に埋もれた森というのは聞いたことがありません。 森の中には、落ち葉が積もったところがいたるところにありますね。 どこでもいいので、枯れ枝でちょっとめくってみてください。
たいがいそこには、ダンゴムシやらヤスデやらが 這い回っています。 ダンゴムシやヤスデは足がいっぱいあるし、けっして万人に好かれる虫とはいえないかもしれませんが、 彼らがいっぱいいて、せっせせっせと葉っぱを細かくしている様子を観ているとなんだか安心します。
嫌われ者のゴキブリやシロアリも 本来は森の生きもの、枯れ枝や倒木を細かく分解する役目を担っています。 キノコ(真菌)類も"生きていないもの"を 分解することにかけては貢献度大です。 森にたくさん勤勉な掃除屋さんがいてくれてよかった。
すべての葉っぱが昆虫に食べられてしまうわけではないのと同様、 小さくて弱い動物でもすべてが天敵に食べられるわけではありません。 ましてや生態系の上位に位置する捕食動物などは寿命を全うして死んでいく個体も少なくないでしょう。 でも、私たちが死体を見つけることはあまりないし、 たまに見つけても次に行ったときにはもう陰も形もありません。
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お察しの通り、死体は何者かにさらわれてしまうからです。 考えてみれば動物の死体は有機物のかたまりです。なので、これを食べる動物は思いのほか多いのです。 動物の死体を主な餌とする動物を"スカベンジャー"といい、 ハイエナやハゲワシなどが思い浮かびますが、 それらがいない日本の森ですぐに思い浮かぶのはハシブトガラスでしょうか。
腐肉を食べる動物は、色も黒いものが多くふつうに忌み嫌われています。 今でこそ都会で生ごみを漁る姿をみることが多い雑食性のカラスももともとスカベンジャー。 「カラスは好きですか?」と聞かれれば多くの人はぶるぶると首を横にふるでしょう。 死体に群がる動物は不吉の象徴、見かければやはり顔をしかめたくなるものです。
でも、森にスカベンジャーがいなかったら?それこそ恐ろしい。 カラスもシデムシ(死出虫、埋葬虫)も ヤマトシリアゲも動物の死体を分解するという 生態系の重要な役割を担っている。 それを知ったからには生理的にムリでも、いたずらに毛嫌いしないように。皆さん、よろしくお願いします。
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
そう言う私も、特段カラスが好きというわけではありません。 特に、子育て中の親ガラスは威嚇してくるのでかなり怖い。 でも「カラスの濡れ羽色」というように、近くで見るとその羽衣は うっとりするくらいとってもきれい。 シデムシも渋い光沢がなんとも美しい。 ヤマトシリアゲのユニークな顔も負けていません。
嫌われ者の新たな一面を発見できるのも森へでかける楽しみのひとつだと思います。