前回キノコを取り上げたところ、私の身近なところにもけっこうキノコに関心をもっている人がいることがわかりました。そこで、今回はキノコ好きのみなさんに、森の中に横たわる、私の行きつけの「倒木」をご紹介します。
木々の梢で日差しが遮られた森の小路脇で、人知れず静かにゆっくりと朽ちてゆく一本の倒木。森を散策する人々がこの倒木に目を止めることはまずありませんが、私は森へ行くと必ずそこへ足を向けます。倒木には、未知の「何ものか」と出会えそうな、ワクワク感があります。実際、このスポットでは、それまでその存在すら知らなかった生きものと出会いました。その一本の倒木は多くの生きものが行き交い、交差する舞台だったのです。
春先、一匹のカエルがこの朽木の上に乗っていました。ニホンアマガエルです。ん?ちょっと待ってください。この朽木があるのは森の中、田んぼに暮らすアマガエルがなぜこんなところにいるのでしょう。
ニホンアマガエルの英名は、Japanese tree frog。実はこのアマガエル、水が張られている田んぼにいる繁殖時期以外は、田んぼ周辺の草原や森で多くの時間を過ごしているのです。そして冬、できるだけ温度変化の少ないところ、つまり太陽があまり当たらない場所で冬眠します。倒木の下などは最適ですね。
そう言えばこのカエル、とってもぼんやりしていたのできっと冬眠明けだったのでしょう。でもいつまでもぼやぼやしてはいられません。ヘビもこの倒木にはやってきますからね。
寝惚けアマガエルとの出会い以来、森を訪れるたびに、何ものかが宿っていそうなこの倒木を覗いてみるようになりました。そういえば、あの南方熊楠が魅せられたという変形菌(粘菌)もこんな朽木に潜んでいるのでは?そう考えながら倒木詣でを重ねて何度目かに、ようやく5月半ばに「粘菌」との対面を果たしました。
アメーバのように動き廻り、あるときアメーバ状のその体を変身させてキノコのような子実体を立ち上げ、胞子を飛ばすという不思議な生き物、粘菌。初めての出会いにもかかわらず粘菌(たぶんサビムラサキホコリ)は一目でわかりました。そして、デジカメでマクロ撮影。拡大画像でその不思議さと美しさに目をみはりました。
粘菌は、葉や木を腐らせる分解者である細菌や真菌類(キノコの仲間)などの微生物を餌にしているとのこと。微生物を求めて倒木の中の狭い空間を這い回っていると思うとぞわぞわしますが、気味が悪いのか、興奮してのことか、自分でもよくわかりません。
これまでこの一本の倒木で見つけた粘菌は、正確な同定はできませんが、おそらく6〜7種類くらい、きっともっと見つかると思います。楽しみです。キノコも次々といろんな種類がでてきます。ここで見つけたヒョウモンウラベニガサはけっこう珍しいキノコのようです。木の腐朽が進むと、出現するキノコの種類も変わっていくようで、こちらも興味津々です。
木の分解者が粘菌に食べられると、分解者が増えすぎることなく、倒木の寿命が延びるそうです。「倒木の寿命」というのも変な言い方ですが、倒木がその形を保って、小さな生き物たちの生活空間として機能する期間が延びる、という意味ととらえてください。そう言われればなるほどと思いますが、そんなこと考えたことこもなかったなー。粘菌は調整係、そういう役回りなのですね。
ここには、キノコムシの仲間、ハエトリグモ類、ザトウムシにナメクジやカタツムリ、ヤスデやムカデに加えてカナヘビ・・・などなど、あまり一般受けこそしませんが、個性的な住人が勢ぞろい。そうそう、美しいコケの仲間も忘れるわけにはいきませんね。一本の倒木は、小さな生きものの食堂であり、避難場所であり、繁殖場所で、ナチュラリストにとってはワンダーランドなのでした。
私の行きつけの森では先の台風15号(2011年9月)の影響で多くの木が倒れてしまいました。木の下敷きになった植物には気の毒ですが、森に天窓が開き、林床に光が届くようになった場所では来春、長い間陽の目を見ることのなかった植物が芽吹くことでしょう。そして、折れて倒れてしまった木はその生を終えたわけですが、それはそこを舞台にしてまた小さな生きもののつながりが始まって、新たなワンダーランドが出現したということでもあるんです。
ちなみに、倒木で、未知の生きものと遭遇するには、ささやかですが、それなりの困難を覚悟してください。地面の倒木を隅から隅までなめ回すように覗き込み、写真を撮るには無理な姿勢がつきものです。服も汚れればからだも痛くなります。そしてそばを通る人のいぶかしげな目。倒木ウォッチャーは知らない人からみれば相当に怪しいに違いありませんから。