聞き手・文:赤堀 楠雄(林材ライター)
林業経営で大事なことは、理想の森を育てるイメージを持つことです。木を植えるときには、この森をどのような森に育てたいかと考えてそだてる。そうやって自分のイメージする理想の形に近づけていく。ですから、間伐をしたり、枝打ちをしたりというのは、理想の森林を育てるプロセスの一部になります。その作業が将来の木の姿を、品質を決めてゆきますから、常にイメージしながらの作業が大事です。良い木を生産できる森を作るための品質管理であるわけです。特に間伐は単にその時に光を入れて、森の状態を良くしようというだけでは片手落ちです。将来の生産予想に基づいた作業でなければいけません。
速水林業には昔から「スギやヒノキは売るほどあるけど、雑木は少ないから伐らないで残せ」という合言葉があります。だからウチの山は広葉樹だらけです。でも、それにも林業経営の視点からのちゃんとした意味があって、針葉樹とは異なる広葉樹の根っこの深さとか、葉っぱの性質とかを利用して、土壌を豊かにしようという意図があるんです。広葉樹をしっかり誘導してある山は、そうでない山に比べて木の成長が良いんですよ。これで高齢樹でも成長して、年輪幅が同じ幅になるようになり、木材の品質管理には大事なこととなります。これも経営です。僕は林業で食っていこうと努力している人ですから。
僕がみなさんに知っていただきたいのは、こうやって経営として育てる人工林でも、豊かな森が出来るということです。もちろん、自然をつくっているということではありません。自然というのは、人が手を貸さないでもひとりでに循環していくものですから。ですが、自然に近い状態をつくろうとは思っています。人手をかけて循環をサポートしながら、こちらの経営も成り立たせていく。それが林業なんだと思います。
スイスのエーメンタールに僕が林業の究極の姿だと思っている森林があります。そこはさまざまな大きさの木々が多層林を構成していて、細かい数字は忘れてしまいましたが、1ha当たり500数十m3くらいという資源の蓄積量を永遠に変えないまま、木材を生産し続けているんです。毎年どれくらい資源が成長し、その成長分をどの木で伐るか。それだけなんです。シンプルな林業でしょ。でもそこに技術がある。新しい成長を誘導することができ、しかも商品として利用できる木を選び出す。樹齢がどれくらいだとかは関係ないんです。日本で実現できるかどうかは別にして、そのような経営がやっぱり究極の林業だと思います。それに比べればウチなんかまだまだです。まあそれは僕の後の世代が必死に考えればいい。自分が生きてる間にどうこうしようなんて、たかが一生レベルで森林を語ろうとしてもしかたがない。林業というのはそういうものです。
日本には森がたくさんありますが、本当の意味での林業地はまだ少ないんです。人工林面積は1,100万haもありますが、その大半はそれまで人工林経営をしてこなかった地域で戦後に植えられたものです。それがいまようやく伐採できる時期を迎えているわけですが、単に儲かるだろうという感覚で植えただけで、どんな森にしていこう、どんな木を生産しようというイメージが明確でなかったし、循環を前提とした管理もされてこなかった。だから、一部では伐りっぱなしで、あとはうまく広葉樹の森になればいいなんて話になっている。それは林業を知らない人が言うことです。
そうではなくて、これまで育ててきて、ようやく伐れる時期を迎えたんだから、循環を前提とした人工林の管理をどうすべきなのかという議論をしなければいけない。これからなんですよ、日本の林業経営は。今伐る木もあれば、将来まで残す木もあるけれども、60年先、あるいは100年先を見据えて、どんな森を育てていくのかを考えることが必要なんです。
いい木というのは、やはり均一な材質の木です。極力節がなく、年輪もそろっているというようなイメージです。先ほど、間伐や枝打ちは理想の森林を育てるプロセスのひとつだと言いましたが、材質を均一にするための作業でもあるわけです。最近は節のある木の方が若い世代には好まれるとも言われますが、節だらけの木を使うセンスはまだ木を使いこなしていないと思います。ただ、今までは節のない木は和室専用と考えられていましたが、無機質な洋間やオフィスにも良くあいます。自己主張しないで有機質を感じさせます。そうした兼ね合いを考えるのがデザインですよね。
実は僕はデザインがけっこう好きなんですよ。今年5月から10月まで、金沢市の21世紀美術館でアーティストの日比野克彦さんが劇作家の野田英樹さんを迎えて、「ホーム→アンド←アウェー」方式 meets NODA [But-a-I] というアートプロジェクトをやったんですが、そこに尾鷲檜の舞台セットがあったのをご存知ですか。建築現場に使われる鋼管の足場がありますよね。あれと同じ形のものを檜でつくったんです。これは、檜でやったらどうかって僕が提案したんですが、日比野さんが「よし」ってすぐ形にしてくれた。鋼管の足場なんて無粋な物ですが、素材を木に変えるだけで命が吹き込まれる。こうしたデザインやアートの世界でも木を活かすということに僕たち林業界はもっと関心を持ってもいいんじゃないですかね。尾鷲檜の舞台は来年8月には東京芸術劇場にも出現する予定です。ぜひ楽しみにしていてください。
1953年生れ。優良材「尾鷲檜」の産地として知られる尾鷲林業地(三重県)で江戸時代から続く林家の9代目。1976年、慶応義塾大学法学部政治学科卒業。1977〜79年、東京大学農学部林学科研究生。以来、家業の林業に従事。1980年代後半から高性能林業機械による作業システムの効率化に取り組み、2000年2月には所有林1,070haについて世界的な森林認証システムであるFSC(森林管理協議会)認証を日本で初めて取得するなど、先進的な経営で知られる。
2001年4月第2回朝日新聞「明日への環境賞」森林文化特別賞受賞。農林水産省林政審議会委員、三重県林業振興対策審議会委員、森林組合おわせ組合長等を歴任。現在、 (社)日本林業経営者協会会長、環境省中央環境審議会臨時委員、国土交通省国土審議会計画部会専門委員、三重県森林審議会委員。著書に「機械化林業への取組み」(共著、日本林業改良普及協会)「スギの新戦略2」(共著、日本林業調査会)、「森林の百科」(共著、朝倉書店)などがある。