聞き手・文:赤堀 楠雄(林材ライター)
私たちの森のようちえん「まるたんぼう」には決まった園舎はありません。朝、町役場の駐車場に集合したらすぐに森に出かけ、お昼ご飯をはさんで午後1時半ごろまではずっと森の中で過ごします。それから夕方までは園舎として使っている私の家や以前使われていた保育施設に移動するんですけど、基本は野外保育が中心になります。
子どもってすごいんですよ。まるたんぼうでは決まったプログラムはあまりなくて、子どもたちが自由に過ごすのに任せてしまうんですが、みんな何でも遊びにしてしまうし、適応力がすごく高いんです。森は毎日ちがった姿を見せますし、子どもたちは景色や気候の変化も楽しんでるみたいです。そうやって自然の中で育まれる感覚や感性ってとても大切だと思うし、それにはいろんな感覚が身についていく3歳から5歳くらいまでの間に毎日、森で過ごすことの重要性というのがあるような気がします。小学生になってからでは、ちょっと遅いかなと思うんですよね。
子どもたちの身体能力や体力もどんどん伸びていきます。まるたんぼうに通い始めたばかりのころは、みんなリュックが肩からずり落ちちゃうような感じだったのが、見る見る筋肉がついてきて肩でがっしり背負えるようになるんですよ。山の中のデコボコしたところもちゃんと歩けるようになりますし、つまづいてもケガをしないような転び方ができるようにもなります。一度、園児たちと近くの那岐山(標高1,255m)で登山をしたんですけど、頂上までは行かなかったものの3歳児〜5歳児の子どもが1,000mまで登ったんですよ。ふつうはありえませんよね。私たちの方がびっくりしちゃいました。ウンチも毎日出るし、夜は寝つきがすごくいい。体力があって健康だというのはいいことずくめですよね。
整地された園庭やグランドと違って森の中では何があるかわからないので、やはり園児たちの安全には日常的に気をつかいます。最初のうちは、わたしたち大人もビクビクしていたのに、毎日森に入っていると、だんだん感覚がマヒしてきてしまう。それが怖い。だからヒヤッとしたり、ハッとしたことを記録にして、どうすればそれを防ぐことができるかを考えます。ただ、いつも大人が手を差し伸べるようになってしまったら子どもたちは成長しませんし、何が危ないかというのは、ある程度子どもが自分でわかるようになるんですよね。そうすると、大人の方も、あれもダメ、これもダメというのではなくて、子どもたちを信じて任せることができるようになります。その意味では、親たちも成長できるというのはありますね。
私が森のようちえんをやりたいと思うようになったのは、まだ鳥取市内に住んでいるときです。その頃読んだ「デンマークの子育て・人育ち」(澤渡夏代ブラント著)という本の中でその存在を知ったのがきっかけでした。その後、自然豊かな山間部の智頭町に移り住んで子育てを始めてみたら、やっぱり「自然の中で子どもを育てるのは、絶対にいいことなんだ」って確信したんです。そこで、ちょうど開かれていた町の委員会で提案してみたら、まわりの反応も良くて、まずは実際に森に入ってみようということになり、一昨年(2008年)の3月から仲間と一緒に、親子で森を歩く「お散歩会」を始めました。そうしたら子どもたちの目の輝きが違うんですよね。私たち親も楽しいし、「こりゃあ行けるぞ!」って。
森のようちえん「まるたんぼう」として、実際の保育活動としてスタートしたのは昨年(2009年)の4月から。園児は月曜から金曜まで通ってくる子が4人、週に1、2回の子が4人で合計8人です。保育する側は男性の保育士がひとりと、園児のお母さんでもある園長がひとり、あとは保護者がボランティアで協力してくれています。「まるたんぼう」は、保護者からいただく保育料と、町が支援してくれる保育士の給与、鳥取県森林環境保全税からいただいている助成金100万円/年で運営されています。森のようちえんは全国にたくさんの取り組みがあるんですが、保護者の方のボランティアで成り立っているところも多いんです。でも私はこうした活動こそ、行政にもバックアップしてもらいながら、安定した運営体制が確保されることが必要だと思っています。誰かの犠牲で成り立っているようでは結局、長続きしませんよね。幸い、私たちは行政と良い関係が築けているので、良いモデル事例となるよう、チャレンジし続けよう!という気持ちで臨むことができます。
私は東京生まれなんですが、子どもの頃は毎年夏休みになると、高知県にある父の田舎に行っていました。そこでセミを採ったりメダカを採ったりして過ごすのがすごく楽しくて、大人になったらそういうところに住もうとずっと思っていましたし、自分の子どもにもそういう体験をさせたいと思っていました。縁あって夫の出身地、鳥取県に来ることになり、そこでの仕事(鳥取県林務職員、現在は育児休業中)を通してお世話になった智頭町に移住、そうしていま森のようちえんをやっている。自分ではいつもひらめいたことをその都度やってきたような思いもあったんですが、振り返ってみると、全部がつながっているんですよね。
田舎暮らしの良さっていうのは、話し出したら長くなっちゃうんですけど、子育てに限った話としては、やっぱり安全で安心だというのがあります。空気も水もきれいだし、食べ物は野菜なんか本当に新鮮でおいしい。それに私のいる集落はコミュニティがまだしっかりしていて、子どもがうろちょろしているのをみんなが気にかけてくれているんですよね。「ウチの子、見ませんでしたか?」って聞くと、「あっちに行ったよ」「こっちにいたぞ」とすぐに教えてくれます。都会の人は、常に見られている感じがしていやかもしれませんが、むしろ誰かが見ててくれるという安心感の方が大きいですね。何かあったら助けてくれるって自然に思えますから。
新年度(2010年度)には、まるたんぼうにも新しい園児が増えて、子どもたちの数は全部で10人になる予定です。中にはお子さんをここに通わせるために、鳥取市内から智頭町に移住してくるという親御さんもいるんですよ。森のようちえんを始めたのは、子どもたちのためというのがもちろんあるんですが、山村で子育てすることの良さを発信したい、ここに住むことのすばらしさを知ってもらいたいという思いもあったんです。だからここに住みたい、という人が出てきてくれたのは本当にうれしいですね。私自身、仕事もしながらこの活動をずっと続けて、これからも山の暮らしを楽しんでいきたいと思っています。
1972年東京生まれ。95年東京農業大学林学科卒。在学中にマングローブの研究に興味を持ち、97年琉球大学農学研究科生産環境学部卒(修士課程)。00年京都大学農学研究科熱帯林環境学講座(博士課程)課程終了。京大在学中に1年半ミャンマーへの留学経験あり。00年に学生結婚し(01年長女誕生)、03年夫の出身地である鳥取県入庁。県の出先機関である鳥取県八頭総合事務所林業振興課勤務(現在育休中)。
入庁後、前年入庁した夫共々新規採用職員向けの現場研修で世話になった智頭町への移住に憧れはじめ、06年1回目の育休を機に念願の古民家を取得し智頭町に移住(同時に6haの山も購入)。07年より町の人材育成事業(いきいき人づくり塾)や、‘智頭町100人委員会’などに参画し‘智頭町に森のようちえんをつくる会’の活動を行い、09年4月念願の‘智頭町森のようちえん まるたんぼう’開園。09年より2回目の育休中。最愛の夫と3人の子ども、大型犬(30kg超)で賑やかに山村子育て満喫中。