日本の森林には、古くから地域社会による共同利用の仕組みがありました。なかでも「入会林(いりあいりん)」と呼ばれる制度は、住民が一定のルールに基づき、山林資源を共有して、持続的に利用してきた仕組みで、現代の言葉でいえば「森林コモンズ」の代表例です。
そして、その所有と管理のあり方に深く関わるのが「総有」という考え方です。ここでは、入会林が育んできた伝統的な慣習とともに、「総有」のもつ特徴とその課題をふまえて、森林の活用と管理について見ていきます。
入会林とは、特定の地域共同体(村、集落など)によって共同で利用・管理される山林を指します。その利用のかたちはさまざまであり、薪炭材(しんたんざい)、建築材、下草、山菜・キノコなどの食料資源の採取、さらに放牧や狩猟の場としても機能してきました。これらは農山村の生活や生業(なりわい)に無くてはならないものであり、住民は慣習的なルールを通じて資源の適正な利用を行っていました。
このような伝統的な管理のかたちは、その土地独自の「慣習法」によって成り立ち、地域ごとに異なるルールと調整機能を持っていました。またそれは単なる資源管理にとどまらず、地域の協力体制や社会秩序の基盤ともなっていました。
こうした入会林の所有のかたちを考えるうえで、重要なのが「総有(そうゆう)」という考え方です。総有とは、日本の民法上の「共有」や「私有」とも異なる歴史的な背景から生まれた所有のかたちで、主に地域共同体によって所有される財産に適用されます。具体的には、入会林や共有墓地、寺社林など、特定のメンバーだけが利用・管理するものの、そのメンバーが個々に権利を持つわけではないという状態を指します。
総有においては、土地の登記名義人は「○○共有」や「○○部落共有」などと書かれ、個々のメンバーが「持ち分」を持つ「共有」とは異なります。メンバーは、団体に属することによってのみ利用権を持ち、個別の売買や相続はできません。そのため、所有・管理・利用に関する意思決定は共同体全体の合意によってなされ、これは伝統的な入会制度となじみやすい考え方といえます。
しかし、現行の民法では総有の明確なルールがないまま、多くの入会林が残り、運営されている実態があるため、現代の法的な課題の一つとなっています。
共有と総有(そうゆう)
| 共 有 | 総 有 | |
|---|---|---|
| 具体例 | ◎共同相続財産 ◎組合財産 | ◎地域共同体(村、集落など)によって共同で利用・管理される入会林、共有墓地、寺社林など ◎入会権、権利能力のない社団(設立登記前の会社や町内会、サークルなど) |
| 共有持分 (所有権/利用権) | ◎所有権あり 自由に処分できる | ◎共同で利用・管理 ◎持分を持っておらず、目的物に対して使用・収益権のみを有する |
| 目的物の分割請求 | ◎認められている | ◎持分がないため、分割請求の自由もない |
出典:共有不動産の所有権「準共有・含有・総有」とは?(幻冬舎 GoldOnline)の図を参考に作成
明治期以降、日本は法治国家として近代的な土地所有制度の整備を進める中で、入会林や総有地の多くを「私有林」または「共有林」として整理しようとしてきました。この流れの中で、これまでの慣習的な入会権はしばしば軽んじられ、多くの入会林が、国有地や公有地、個人の所有地へと転換されていきました。さらに、新たに制定された「森林法」が、それまでの入会的利用を制限する内容を含んでいたため、法制度と現場の慣習と合わないという問題も生じました。
戦後の経済成長とエネルギー転換(薪炭から石油・電気へ)、農山村から都市部への人口移動による過疎化により、入会林の利用は大きく減り、管理の担い手も高齢化・減少していきました。このような状況の中で、総有地の管理は形だけになってしまい、放棄・荒廃が進む地域も多くなっています。
一方で、21世紀に入り、環境保全や地域再生、持続可能な資源利用といった視点から、入会林・森林コモンズの再評価が進んでいます。とくに、地域の住民が主体的に関わり、外部との連携を図りながら森林資源を再活用する動きが注目されています。世界的に目を向けると、先住民が伝統的に利用してきた森林の非木材生産物(NTFPs)のとコモンズとの関係が、持続可能な森林管理にヒントを与えるものとして期待されています。
国内では、エコツーリズム、バイオマス利用、森林環境教育、生業技術の体験学習などを通じて、入会林が再び「生きた資源」として蘇る(よみがえる)例も出てきています。
地域外の仲間とも連携しながら、環境教育や体験なども含めた森林資源の再活用が広がってきている
しかし、それらを制度的に支える法的土台が弱い点は、現在も課題として残っています。とくに、総有地の法的な位置づけがはっきりしないままであるため、土地登記や税務、責任関係のありか、外部との契約などが難しくなるケースもあります。また、共同体のメンバーが変わったり・減少したりする中で、利用者の定義や権利・義務の範囲をどう決めるかという問題も出てきています。
森林コモンズとしての入会林、そしてその所有のかたちである総有地は、伝統的な知恵と現代的な課題が交わる領域といえます。今後の展望として考えられる重要なアプローチに、次の4つがあります。
- 法的整備の推進
- 共同体の再構築
- 伝統知と制度の融合
- 環境・文化資源としての認識
入会林とそれを支える総有という制度は、日本社会における共有資源管理の歴史と知恵の結晶です。現代の法制度や社会構造の変化のなかでその継続は困難に直面していますが、逆に言えば、新たな価値と意味を見いだすチャンスでもあります。
持続可能な社会の実現に向けて、総有・入会林のあり方を見直し、これからの森林管理に役立つ柔軟な制度への再構築が求められています。
参考文献・事例リスト
大塚仁(1995)『入会権の研究』有斐閣
大澤正明(2007)「日本における入会林野の法的性格とその再評価」『森林計画学会誌』第41巻第2号
井上真(2005)『コモンズの再生』新曜社
中村良平(2014)「所有者不明山林と入会権の存続」『土地総合研究』22巻1号
日本学術会議(2010)『里地里山に関する提言』
民法(第263条〜第269条):入会権に関連する基本的条項
森林法(第25条〜第36条):入会林や共有林に関連する管理・保安制度
法務省・土地所有者不明問題に関する報告書(2020)
茂木愛一郎(2022/10)「コモンズ論の系譜と広がり」『日経研月報』
NTFPsと持続可能な森林管理:非木材林産物が持続可能な林業の採算可能性を高め得る|国際熱帯木材機関 ITTO
国内事例として、岐阜県白川村・白川郷の共有林制度、長野県南木曽町・妻籠宿の入会林、徳島県上勝町・持続可能な森林管理などの動きが有名
| (※1)長野県の農村風景 | 信州デジタルコモンズ > 『善光寺道名所図会 巻之1』 |
|---|---|
| (※1)江戸後期の松茸狩り | NDLイメージバンク 国立国会図書館 > きのこ狩りと松茸 |








